旅する日本酒ペアリング〜世界の料理と久保田〜 イタリアの郷土料理に寄り添う日本酒
世界の料理に久保田を合わせるイベント「旅する日本酒ペアリング」、今回はイタリアンです。イタリア料理の素材を生かしシンプルな調理法が多いところは日本の料理にも通じるところがあり、パスタやピッツァはすっかり馴染みのある食べ物になりました。それなのにイタリアンに日本酒を合わせることは非常に少ないのではないでしょうか。イベントレポートを通してイタリア料理と日本酒の相性の良さをお伝えしましょう。
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世界の料理と久保田をペアリングするイベント「旅する日本酒ペアリング」の第8回目が開催されました。今回はバスク料理です。実際にバスクに行かなくても、そんな雰囲気を味わえる楽しいコースでした。またバスク料理が食べたくなる、そんなイベント内容をレポートします。
目次
JR鶯谷駅、または東京メトロ入谷駅からほど近い、下町の雰囲気も残るこの場所に店を構えるのがバスク料理をベースとした「sardexka(サルデスカ)」。バスク地方は、スペイン北西部とフランス南西部にまたがる地域で、緑豊かな自然と独自の文化を持つ場所です。
サルデスカの深田裕シェフは大学卒業後にバスク地方へ渡航しました。「ほとんど旅行のような感じで過ごしていました」と言いますが、現地のバルで働き、スペイン各地で食べ歩き、現地の技法を吸収していったのでしょう。バスク料理の豊かな海と山の幸を生かした郷土料理のエッセンスは、深田シェフの素材の力を引き出す料理へと受け継がれています。スペイン、バスクの調理法や伝統料理を用いながら日本の食材を駆使するサルデスカのメニューと日本酒のペアリングには期待しかありません。
今回のスタートは「久保田 ゆずリキュール」の炭酸割りでした。冷やされたリキュールと炭酸の刺激もありキリリと引き締まった印象で、アルコール度数もぐっと低くなりすっきりと飲みやすい、今の季節にぴったりな1杯です。
アミューズ一つめは、ブッラータの冷たいスープ。ブッラータとはフレッシュなチーズを伸ばして小さく割いたチーズと生クリームを入れて閉じたクリーミーなチーズ。その濃厚でねっとりとした生クリームにちょっと苦みのあるオイルが垂らしてありキュッと引き締まる印象。シャキシャキとしてフレッシュ、青っぽさを持つブロッコリーにイワシの食感が残ったアンチョビが添えられており、ブロッコリーにスープを絡めながら口に入れていきます。ここに冷えたゆずリキュールを流し込むと酸が加わってすっきり軽快。ブロッコリーの青々しさとも意外な相性の良さでゆずリキュールの幅の広さを感じることが出来ました。
二つめのアミューズは赤ピーマン。まさに赤ピーマンそのものといったペースト状の赤ピーマンは濃醇で、特有のフルーティーな香りが特徴的。上にのせられたのはからすみで、からすみの脂としっかりとした塩気で全体の味付けを完成させている感じがあります。ゆずリキュールは全体を包み込みながらからすみの旨味も受け止め、お互いにワンランクアップする組み合わせとなっています。
サルモレホはよくガスパチョと比べられますが、同じようにトマトベースの冷たいスープで、ガスパチョより少ない材料と濃厚さが特徴なコルドバの郷土料理。このディップのようなサルモレホは濃醇でとろとろ、旨味が凝縮していて甘夏のちょっとした苦みを伴う酸が加えられています。
魚は相模湾のヒラマサで、塩漬けされているためねっとりとした食感。下に敷いてあるきゅうりは1時間ローストしてあるだけあって柔らかいのにシャキシャキ感が残っていて、しっかりマリネされて酸が効いていました。強烈なのが野生種のルッコラ、ワイルドロケットとも呼ばれるセルバチコで、鮮烈な苦みと凝縮した青っぽい香りがあります。ディルのハーブの香り、ルッコラの青っぽい香り、柑橘の爽やかで苦みのある香りと香りの要素が多く、それぞれの味は特徴的ではっきりとした酸やアミノ酸が多いのですが、全部を一緒に口に入れることで個性がまとまって感動の一品となっています。そこに、ゆずリキュールの酸が加わることで同調し、酸の相乗効果となっていました。
北海道ジェットファームのアスパラガスは存在感抜群。絶妙な火入れ具合で生に近いようなサックリとした歯切れの良さ、甘い香りが広がるほど新鮮で若々しい味わいです。緑色のソースは同じアスパラガスのピュレで、とにかくアスパラ本来の甘さと香りが鼻に抜け、見た目では気づかなかったのですが、口に入れた瞬間、旨味が口いっぱいに広がり海の香りがすることに驚かされます。これは能登の牡蠣が使用されていて、牡蠣特有の味わいがアスパラの甘さと相まって極上のソースに仕上がっていました。飾りのようにのせられたハーブ、ヤロウ(セイヨウノコギリソウ)がまたグリーンのトーンを底上げし、更にフレッシュさを感じさせます。
お酒は「久保田 千寿 純米吟醸」。爽快で軽やかさがアスパラと牡蠣のアミノ酸によってコクが増し、フレッシュ感の中に余韻が加わる組み合わせとなっていました。
ネギ、新玉ネギ、アオリイカと食感の違う白い食材が盛り付けられた白グラデーションが美しい料理。長ネギはトロトロに煮込まれ、まるでクリームのようにふんわりと消えていき、玉ネギはシャキシャキとした食感を残しつつ、鮎のなれずしのクリームソースが意外にもすっきりとしていて、シャープな玉ネギとよく合っています。
ねっとりとした食感は里芋。とろりと煮込まれた葉ニンニクが加えられており、しっかりとした塩気と奥深い旨味が感じられます。この味の正体はバカラオ。バカラオとは、スペインやポルトガルでよく使われる食材で、塩漬けした鱈を乾燥させた保存食。このバカラオのパンチが効いた味付けです。たたかれたアオリイカはねっとり食感で味の余韻が長く、これだけでも十分な美味しさですが、他の食材と一緒に絡めながら口に入れると、シャキシャキ、トロトロ、ふんわりといった様々な食感とそれぞれの塩気が合わさって丁度良い塩梅となる仕上がりです。
「久保田 萬寿 自社酵母仕込」の高級感のあるフルーティーな香りとボリューム感が加わることで全体の質感が上がり、料理のとろっとした食感と萬寿 自社酵母仕込のとろりとしたテクスチャーもよく合っていました。
神子原れんこんとは、能登の神子原地区で栽培されてきた在来種の貴重なれんこん。自然栽培の神子原れんこんを使った一品です。れんこんはローストされたことによりシャキシャキした食感とほっくりとした舌触りが同時に味わえ、根菜感が全面に出ています。
添え物のように盛り付けられていますが絶対的な存在感のあるぷっくりとしたハマグリと干ししいたけ。戻し汁とハマグリの出汁で煮たしいたけは汁気を存分に吸ってジューシー。ソースはシャキシャキしたれんこんと北海道の在来種であるパンダ豆がホクホクしていて穀物感が感じられます。全体的に旨味の多い料理ですが、のらぼう菜がクセのない純粋なグリーンさで清涼感を足しているため、程よい抜け感。
「久保田 百寿」もすっきりと抜け道を作る役割。ハマグリのコハク酸と百寿の苦み、のらぼう菜のグリーンのトーンと百寿の爽やかさが軽快さを与えつつ、百寿の軽やかさに干ししいたけの凝縮した旨味が加わることで百寿の新しい魅力も発見されました。
干ししいたけは能登産で、アスパラガスに使用されていた牡蠣も能登産。実は深田シェフのお母様が輪島出身ということで、今年の能登半島地震を受け、どうしても能登の食材を使いたいという気持ちが強かったとおっしゃっていました。現地の復興はまだまだ先ですが、能登の美味しさと力強さは十分に伝わってくる料理です。
オレンジ色のSopa de pescado(ソパ・デ・ペスカド)の上に皮目が綺麗な金目鯛が乗った一皿。ひよこ豆の粉をはたいて焼いた金目鯛はサクッとしていながらも中心部分はしっとりと仕上げられています。ソパ・デ・ペスカドは、簡単に言うとバスクのブイヤベースといった印象ですが、とにかく魚や野菜の味が凝縮されたスープ。このスープだけだと濃厚な味わいなのですが、トロトロになった蕪が添えらえており、小松菜の塩気がしっかりとした葉物も一緒に混ぜることで、また違う濃醇スープに変化、金目鯛がスープの具材となっているかのような一体感。
「久保田 紅寿」はすっきりとした香りと透明感のある米っぽさで、滑らかなテクスチャーと甘さを持っています。金目鯛の甘味と旨味が溶け込み、スルスルと飲み進められるペアリングでした。
緑色が鮮やかな、まさに春らしい料理が出てきました。天然のこごみ、わらび、ユキノシタ、コシアブラといった香り高い山菜と京都のタケノコが入っています。しっかりした苦味と、香ばしく焼かれて歯ごたえの残るタケノコ、そこにしっとり柔らかくトロリとした舌触りのほろほろ鳥といった組み合わせ。スープはとにかくコクと旨味があって濃厚でありながら切れ味がある仕上がり。
このボリュームのあるスープと「久保田 純米大吟醸」のまろやかさが山菜の苦味を和らげ、純米大吟醸の華やかな香りとほろほろ鳥の脂の相性も抜群。そして山菜の独特な香りが純米大吟醸のリンゴのような香りと絡まることで、フレッシュなお酒のような感覚になり、最初と最後で印象の変わるペアリングとなっていました。
蝦夷鹿のロースをソテー、他の食材は鹿が食べているものをチョイスしたといいます。添えられているソースは、じっくりと炒めた玉ネギとパプリカを合わせたバスクの伝統的なソースですが、そこにフキノトウを加えた深田シェフ流。フキノトウ特有の香りが弾け、しっかりとした苦みが特徴的。もうひとつ添えられているのが行者ニンニクのお粥。行者ニンニクは昨晩届いたというだけあって香りが鮮烈、お粥にしたことで肉にも絡めやすく一体感をもたらしています。
「旅する日本酒ペアリング」では登場回数の多い「久保田 碧寿」も、安定の組み合わせ。複雑な酸、コク、ふくよかさのある碧寿は違和感なく一緒に口に含むことが出来、濃醇な味わいが鹿肉のソテーのボリューム感とちょうどよく、碧寿のキレの良さも肉を合わせることで余韻の長い味わいへとなっていきました。
器が目の前に届いた瞬間、いちごの香りが鼻を突き抜けるほどの華やかなデザート。酸が立ってすっきりとしたソースは無農薬のいちご。実は、作物の中でいちごは無農薬や有機農業で栽培するのが難しいと言われています。どれだけ手間をかけながら育てあげたのでしょうか。いちごらしい酸と甘みのバランスが素晴らしい味わいです。パステル デ レチェというスペインの素朴なケーキはしっとりとしていて口の中でとろけるほど。緑茶のクランブルの程よい苦みと、小さくカットされた日向夏がキリリとしてアクセントを加えています。滑らかでクリーミーでひんやりとしたソルベと一緒に全体を混ぜることで、いちごのソースも際立ちながら全体をまとめ上げていました。
乾杯酒に出てくることの多い「久保田 スパークリング」もデザートと一緒になることで華やかで気分の良い最後の締めとなっています。米っぽい香りがあり、若干の苦みで締まるスパークリングがベリーの甘酸っぱさと緑茶の苦みが絡まって、奥深い味わいへと変化します。
最後の最後は、黒文字(楊枝)に刺したスペインの伝統菓子ボルボロンとパナジェッツ。ボルボロンはしっかりとした甘さとアーモンドの香ばしさがあり、口に入れた瞬間にホロリとなくなる儚いお菓子。パナジェッツはココナッツの香りが効いていて、シャクシャクとした食感。ココナッツの甘さとサツマイモの甘さの相乗効果で、複雑な甘さの余韻が長くなっています。
お酒は「久保田 萬寿」。しっかりとした甘さの伝統菓子がボリュームのある萬寿を受け止め、フレンチの最後のような満足度の高い食事の最後となりました。
日本酒のみをコースに合わせるのは初めてだったという深田シェフは「日本酒に関して明確な知識が殆どありません。なので、“何となくこれに合いそうだな” という勘で決めました」と言います。しかし、試食の段階から関係者、スタッフも納得のペアリングに仕上がっていったのですから、深田シェフの感性が素晴らしいのでしょう。最初から最後まで誰もが満足する組み合わせでした。
料理も、1皿に入っている食材はどれも味付けがしっかりとしてあるのですが、食材全部をまとめて口に含むことでそれぞれの本来の味がグッと全面に出ながら全体の塩梅が完成されるという、シンプルなのに複雑という内容。日本の旬の食材を使用していることでバスク料理も身近に感じられ、何より日本酒を合わせることも違和感なく進んでいくペアリングコースでした。
日本酒の世界の旅はまだまだ続きます!
profile
まゆみ
酒匠、料理研究家。 1日も欠かすことなく酒を呑み続ける驚胃の持ち主。酒と蕎麦と音楽を愛する。著書「うち飲みレシピ」「スバラ式弁当」。