上質カジュアル、絶品ファストフードのメキシコ料理と日本酒の融合「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」
今回、10回目の開催となる「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」。過去に世界の料理と日本酒を合わせてきて、驚くペアリングが何度も登場してきましたが、今回はなんとメキシコ料理。メキシコ料理といえばとうもろこし、豆、唐辛子。これらと日本酒は交わることができるのでしょうか。にぎやかで楽しい雰囲気で行われたイベントをレポートします。
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世界の料理と日本酒はどこまで合わせることが出来るのか?そんな探究心のあるイベント「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」ですが、今回はベトナム料理の回です。今年の夏は非常に暑く、当日も汗を流しながら来店する参加者の皆さん。ベトナム料理を食べるには最適なのではないでしょうか。「お腹いっぱい!」と笑顔になったベトナム料理と日本酒の出会いをレポートします。
目次
米や米粉を使用していて、ヘルシーなイメージのあるベトナム料理。しかしそれらベトナムの食文化は諸外国からの影響を受けています。約1,000年もの間、中国の支配下に置かれていた歴史があり、そこから米文化が進み、炒めたり蒸したりといった調理法から醤油や塩といった調味料を使うようになりました。
また、19世紀にフランスの植民地となると、パンやサンドイッチを食べたりコーヒーを飲む習慣が根付き、フランス人によって胡椒や香辛料の栽培が行われ、ベトナム料理でも使われるようになりました。中国料理とフランス料理が掛け合わさったものがベトナム料理といえるでしょう。
そしてベトナムの国土は南北に長いため、地域によっても特色があります。例えば北部は中国と隣接しているため影響を最も強く受け、塩や醤油を使った割とシンプルな料理が多く、日本でも人気の米粉の麺を使ったフォーは北部が発祥です。中部はスパイスの栽培が盛んなため刺激的な料理があります。また、バゲットを改良したパンを使ったバインミーが有名。南部は砂糖やスパイスを使った甘くて濃いめの味付けが多く、タイやカンボジアと隣接しているためその影響も受けています。生春巻きやバインセオは南部の代表的な料理となっています。
松見坂交差点近くの淡島通り沿いに佇む「スガハラ フォー」は、ベトナム料理をベースにしながらオリジナリティのある料理を提供するお店。モダンさとナチュラル感が混在し、窓からの光が入って明るい雰囲気の店内。オーナーでありサービス担当の菅原勉さんと弟の裕太さんが調理担当で営業していますが、元々はベトナム料理の経験者ではなく、勉さんがオーストラリア滞在中によく足を運んだというベトナム料理店に魅せられ、フォーを中心としたお店をやりたいと2015年に開業したのです。
とても洗練された味付けで、南部のベトナム料理を基本にしたメニューでも甘さが抑えられとても軽やかに食べられたり、フレッシュな野菜の美味しさを生かしてあったり、日本人が馴染みやすくいつでも食べたいと思える家庭的な安心感もあります。
店内のワインセラーに置いてあるナチュラルワインのラインナップが素晴らしく、ここに日本酒の入る余地はあるのでしょうか。いよいよ久保田のベトナムへの旅が始まりました。
「スガハラ フォー」のオリジナル料理で大人気のえごまディライトは、ネギトロのような感覚の前菜。マグロの中落ちを叩いたものに、イクラと揚げたピーナッツとオニオン、バイマックルー(こぶみかんの葉)が散らしてあり、エゴマの葉でくるりと巻いて食べます。
とろりと滑らかな食感のマグロに香菜のエキゾチックな香り、バイマックルーのフレッシュ感と揚げたナッツのカリカリとした食感とオイリーさといった、一口でいくつもの香りと食感がある楽しい一品。ライムを搾ると爽やかで後味が引き締まり、生魚感がぐっと減り旨味を感じ取ることができます。控えめに重ねてあるキュウリが全体を中和し、えごまは手で持ちやすいだけでなく青っぽい香りが広がることで日本酒とのつなぎ役に。
「久保田 スパークリング」の米っぽさや麹っぽい香りに爽やかなハーブが加わることでフレッシュ感が強調され、なおかつしっかりと冷やされた状態で提供されたため、キリリと引き締まったテクスチャーで甘さも抑えられ、暑い日のスタートの一杯には最適です。
生春巻き、煮こごり、ピータン、焼きびたしと盛りだくさんな内容の2皿目。
生春巻きは生野菜のシャキシャキさとフレッシュさが効いていて、ひっそりと入っている豚肉が意外に主張をしながらボリュームを加えています。海老のプリッとした食感と春巻きの皮のムチっとした食感が口内に喜びを与えてくれました。ソースはトマトのアミノ酸がつまっているような感覚。そこに生姜の香りがふわりと立ち上り、乾燥のニラがアクセント。生春巻きにつけることで爽快ながら旨味が追加され、フレッシュ感と熟成感が混在するような仕上がりになっています。
煮こごりは豚の味わいがそのままといった印象で、豚の旨味がしっかりとまとまっています。ゼラチン部分はスッと口の中で溶け、豚タンがごろりと大きく入っていて存在感抜群。歯切れが良く、しっとりと仕上げられていて、いつまでも噛んでいたいほどでした。
ピータンにはらっきょうの酢漬けと干しエビが散らされています。これはベトナム、特にホーチミンのテト・グエン・ダン(Tet Nguyen Dan/元旦節)には欠かせない組み合わせで、現地ではテトの来客をもてなすためにすぐに出せる料理として重宝しています。細かくカットされたらっきょうと干しエビがのっているため、一口で一緒に食べられる気遣いがされており、ねっとりとした食感のピータンにらっきょうのシャキッとした食感が加わり、干しエビの凝縮した旨味も重なって、とにかく濃厚なピータンで絶品。
夏野菜の焼きびたしは、とろりとしながらも本来の食感も残っている絶妙な焼き加減。甘みが全面に出て直火の香ばしさもあり、しいたけベースのタレが使用されているらしく複雑な味が長い余韻となっています。
お酒は「久保田 千寿」「久保田 千寿 純米吟醸」の2種類。ピータンには千寿のドライさがよく合い、クセを流しつつ旨味を残してくれます。焼き野菜の香ばしさとほのかな苦味も千寿と絡み合っていました。
千寿 純米吟醸には煮こごりのボリューム感が丁度よく、ほのかな甘みは焼き野菜とも相性が良く香ばしさも包み込んでいます。生春巻きは千寿 純米吟醸の爽快さがぴったりとハマっていました。
ガリガリとした食感の衣が鶏肉の旨味をぎゅっと閉じ込めています。マリネされた手羽先は甘さと塩気が丁度よく中までしっかりと火が通っているので骨からの肉離れもよく、肉汁がじわっと出てきてジューシーでなめらか。分厚い衣なのにいくらでも食べられそうな勢いです。
「久保田 紅寿」はドライでスッキリ、アルコール感が後半伸びてくるお酒。揚げ物のオイリーさと紅寿のアルコールの刺激と甘さがまとまり合ってぴったり。卓上のねっとり甘いのにビリビリと辛いソースをつけると、これがまた紅寿とよく合って驚き。紅寿のアルコール感が減り本来の甘さを感じられ 後半はしっかりとキレて油を流してくれる役割でした。
バインセオとは、ベトナム風お好み焼きと呼ばれる南部の粉物料理。一般的に、米粉にココナッツミルクとターメリックを混ぜて焼く料理ですが、こちらは卵も加えられている珍しいタイプ。卵があまり溶かれていないため、場所によって生地の厚みや食感が変わって最後まで飽きずに食べられます。それを細かく切り、添えられたハーブ類と一緒にライスペーパーで巻くことで更に軽やかな仕上がり。苦味のある葉物類から甘く食感の良いコリンキー、これら一つ一つの美味しさもしっかりと感じられる食べ方。魚醤にお酢、キーライムが加えられていて、甘さ控えめのスッキリしたタレも素晴らしく、素材の持ち味を引き出してくれます。
お酒は複雑な酸の香りのある「久保田 碧寿」。なめらかな口当たりでまろやかなコクとふくよかさが、様々な味が混ざっているバインセオの底力を押し上げ、旨味とコクと酸味が一体となっていきます。生野菜は日本酒を合わせるのが難しいのですが、ココナッツの甘さがつなぎ役、そしてハーブのフレッシュさが全体を引き締めることで日本酒とのペアリングが完成されていました。
ぷるんとした海老にふわっふわの甘辛いソースがかかっており、全体的に柔らかい食感の中にナッツのカリカリさがアクセント。程よく歯ごたえが残ったブロッコリーとズッキーニにも緑豆ソースが良く絡み、甘さと苦さと辛さがソースのしっかりした塩気でまとまっています。
お酒は季節限定の「久保田 翠寿」。生酒特有のフレッシュで青々しい香りが特徴的で、ほんのりとした甘さでスタートするもののすぐに爽快な香りで軽やかになり苦味と渋味でフィニッシュします。ナッツの苦味が翠寿とよく合っていて、緑豆ソースの味わいが翠寿の青っぽい香りを抑えて滑らかなテクスチャーにし、お酒をランクアップさせる組み合わせとなっていました。
むっちりモチモチのお米にしっとりと柔らかい鶏肉、素揚げされたウズラの卵が乗っていて食べ応え抜群の満腹になる一品。バイマックルーの香りが鶏肉の脂を軽やかにしながら旨味を引き出していて、全ての味をお米がしっかりと受け止めています。甘辛いソースがかかっていることで、あっという間に食べきってしまい、添えられた甘酢漬けの大根と人参が口の中をリセットしてくれました。
フルーティーな「久保田 萬寿」は脂との相性が抜群で、鶏肉とも最適ですがソースのオイリーさもよく合っていて、もち米のボリューム感と萬寿のふくよかさがちょうど良いペアリングとなっています。
ブンチャーとはベトナム北部のハノイの名物で、切り口の丸い麺をスープにつけて食べる、いわゆるつけ麺スタイルの麺料理。通常スガハラフォーではメニューに入っていないので、今回限りという特別感満載です。
スープは鶏肉と豚ひき肉で出汁が取られており、旨味と塩気がしっかりと感じられる仕上がりで、歯ごたえと食感とボリュームのあるがっつりとした肉団子としっとり柔らかいハムが具材。この肉団子をスープに浸すことで更に旨味が溶け込みコクがアップ。添えられたミントを加え、プルプルとした涼しげな麺をスープに通すと爽やかな美味しさが口に広がります。
キーライムをちょっと搾ることで「久保田 百寿」の軽快さともマッチ。ドライでキリリとした百寿とすっきりしたブンチャーハノイの組み合わせは、夏らしいコースの締めとなっていました。
最後はベトナムで昔から人気のある黒もち米のデザート、スアチュア・ネップカムが出てきました。コンデンスミルクやココナッツミルクでこってり甘いイメージでしたが、すっきりした甘さと酸味でお腹が一杯でもさらっと食べられる仕上がり。爽快で程よい苦味のシャーベットが添えられていて口の中をさっぱりとさせてくれましたが、これは「久保田 ゆずリキュール」を使用したというから粋な計らいです。歯ごたえを残した黒もち米はツブツブとした舌触りが楽しく、噛めば噛むほど米の甘さも出てきました。ヨーグルトのすっきりとした甘さと酸味、穀物感のある黒もち米、柚子の酸味と苦味という日本酒の香りの要素をまとめたようなこのデザートがお酒と合わないわけがないと思ってしまうほど。
お酒は華やかな香りが特徴の「久保田 萬寿 自社酵母仕込」で、なめらかな口当たりでボリュームがあり、上品な余韻があります。すっきりしたデザートに、萬寿 自社酵母仕込がボリューム感を与える役目をしていて、満足度を引き上げてくれました。
米粉や米を使った料理がメインのため馴染み深かった今回のベトナム料理。柑橘の酸味やハーブのフレッシュ感も際立ち、日本酒とも綺麗にまとまっていました。酒質を重視したという菅原さん。「例えば、トロピカルな香りだったらそういった料理を、一緒に咀嚼した時にどうなるか、フレーバーと食感など様々な組み合わせを想像しました」と、テイスティングしながらペアリングを考え抜いたようです。ベトナム料理と言えば思いつく、一度は食べたい生春巻きやバインセオ、ブンチャーといった料理を体験することができたのも嬉しいイベントでした。
日本酒も、一見相性の良さそうな「久保田 純米大吟醸」が入っていなかったり、滅多にペアリングされない「久保田 千寿」が選出されたりと、米文化でありながらも和食とは全く違う相性の良さを感じ取れました。毎回新しい発見のある「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」。次回も楽しみですね!
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まゆみ
酒匠、料理研究家。 1日も欠かすことなく酒を呑み続ける驚胃の持ち主。酒と蕎麦と音楽を愛する。著書「うち飲みレシピ」「スバラ式弁当」。