日本の食材にバスクの風が吹く「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田」
世界の料理と久保田をペアリングするイベント「旅する日本酒ペアリング」の第8回目が開催されました。今回はバスク料理です。実際にバスクに行かなくても、そんな雰囲気を味わえる楽しいコースでした。またバスク料理が食べたくなる、そんなイベント内容をレポートします。
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日本酒はワインと違ってアミノ酸が豊富に含まれており、味の構成が多いフレンチには難しいイメージがありますが、実は意外な相性の良さがあります。フランス料理にはワインという固定概念を覆す、日本酒とのペアリング。「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」フレンチペアリングディナーをレポートします。
やっと秋の気配がやってきた10月、「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」の第2回目が開催されました。場所は日本橋兜町旧銀行跡の、ベーカリー、ビストロ、カフェ・バー、インテリアショップ、フラワーショップがひとつになった複合施設「BANK(バンク)」内、「Bistro yen」。銀行として使われていた建物がリノベーションされ、むき出しのコンクリートで質感があり、煉瓦や古材による温かみのある空間が広がり、オープンキッチンでライブ感が漂っています。
この「Bistro yen」に、日本食品総合研究所所属で代官山「Mary Jane」のシェフである林修史さんを迎えての特別開催です。林シェフは「タテルヨシノ芝」出身で、2020年に日本橋「Mezzanine」のシェフに就任、現在は2023年10月19日にオープンしたフォレストゲート代官山のCafe & Wine Bar「Mary Jane(メリージェーン)」で腕をふるっています。
「久保田のポテンシャルアピールのために敢えてストレートに自分の料理を作った」という林シェフ。オーセンティックなフレンチと日本酒の可能性は広がるのか、楽しみなコースです。
グジェール × 「久保田 スパークリング」
まずはグジェールからスタートです。グジェールとは、ブルゴーニュ地域圏のトネールが発祥といわれている郷土料理で、チーズを混ぜて焼いたシュー生地の定番アミューズ。皮のカリパリ感触とエアリーな舌触り、チーズによるコクとオイリーな後味。ワインのテイスティング時に提供されるグジェールは、ワインの温度に合わせて冷めたものが多いのですが、ここでは焼きたて。
熱々でふわりと軽い食感のグジェールと冷えた「久保田 スパークリング」の温度差を楽しめます。スパークリングの甘酸っぱさがグジェールのオイリーさを包み込んで乳酸の香りがチーズの風味と良く合っています。
サーモンフュメ、ケークサレ、スープ ド シャンピニオン × 「久保田 萬寿」
次もアミューズ3種。綺麗な赤色のクッキー生地が乗ったシューはビーツパウダーで作られておりカリカリ食感で、シュー生地の中にはサーモンのフュメが入っていて、これが強めの塩気でパンチが効いており一口サイズでありながら非常に印象に残るクッキーシューとなっています。
塩味のケーキであるケークサレは何とも香ばしい香り。パプリカの甘みが生ハムの塩気を引き出していて、多めのオリーブオイルがしっとりジューシーさを出しています。
スープはきのこたっぷり。とにかくクリーミーな舌触りで、炒めたきのこの香ばしさが味に深みを加え、下に潜んでいたうずらのたまごが滑らかさに輪をかけ濃醇さが増し、フレッシュなマッシュルームのサクサクとした食感が楽しさを演出しています。
合わせたのは「久保田 萬寿」。萬寿は控えめな華やかさがあり、しっかりとしたうま味を感じられ、後半はアルコールの刺激と苦みで引き締まるお酒。特にスープとの相性が良く、きのこのアミノ酸と出汁のコクが加わることで萬寿の滑らかさに磨きがかかり、苦みを和らげる効果が生まれています。
サワードゥ × 「久保田 千寿 純米吟醸」
施設名と同じ名前がつけられたBakeryBankのパン。定番でありながらクラシック過ぎず、最近の流行を追った味でも無い、独自の方向性。特に、サワードゥでも酢酸が強すぎないので食べやすく、馴染みのある味わいに仕上がっています。パン好きにはたまらない水分量が多くもっちりムチムチとした食感、粉の穀物感、酵母のふんわりと甘酸っぱい香り、最後は爽やかな酸。
「久保田 千寿 純米吟醸」とは酸を重ね合う組み合わせ。パンを発酵させるサワー種由来の乳酸、千寿 純米吟醸の柑橘系の酸と乳酸が程よく絡み合っています。
帆立貝柱のポワレ × 「久保田 萬寿 自社酵母仕込」
前菜となるのが帆立貝柱のポワレ。蒸し焼きにされた帆立はカリッと香ばしくうま味が凝縮されており、バターナッツのピュレで甘さを、ラブニィ(ヨーグルトベースのビーガンチーズ)で酸を加えていて、そこに柿の自然な甘さ、香菜の独特な青っぽさが足され、香ばしいヘーゼルナッツのクランブルが完成度を高めています。
合わせたお酒は「久保田 萬寿 自社酵母仕込」。カプロン酸エチルと酢酸イソアミルのバランスが良い華やかでフルーティーな香り、滑らかな口当たりでふくよかなお酒です。料理の甘、苦、酸のバランスと、「久保田 萬寿 自社酵母仕込」の甘苦さというお互いの味のバランスを考えた組み合わせでしょう。
パテ アン クルート × 「久保田 千寿 秋あがり」
フランスの伝統料理、パテをパイ生地で包んだパテ アン クルート。鴨の甘い脂を生かしたパテの中に入れられたオレンジの甘苦いコンフィチュールが一体となり、そこにセモリナ粉とヘーゼルナッツ粉のザクザク感が加わることで食感も見た目も楽しさが増しています。
お酒はトロトロで滑らかさが特徴の「久保田 千寿 秋あがり」。アルコールのボリューム感と刺激があり苦みで引き締まった味わいで、パイ生地、肉のパテのオイリーさと秋あがりのオイリー感が同調しています。
鮎のパイ包み焼き × 「久保田 千寿」
和食でよく使用される鮎をパイ包みにした1品。子持ちの鮎で卵のプチプチとした食感があり、添えられた落花生のコクとオイリーさ、そして白ワインビネガーが効いたブールブランが全体を引き締めています。
合わせた「久保田 千寿」は軽快でドライなお酒。後半、アルコール感と苦みがぐっと出てくるのですが、カカオ風味のパイ生地がそれをマスキングし、お酒の質をも高めています。
鴨のロースト × 「久保田 碧寿」
メインの肉料理は宮城県角田産、野田鴨のロースト。
林シェフの故郷が宮城県ということもあり、宮城の食材をもっと知ってほしいと取り入れた食材です。野田鴨は角田市の野田地区で飼育された鴨で、一般的に流通しているチェリバレー種(合鴨)。酵母菌や乳酸菌で発酵させた飼料を与え、病気を抑えることで抗生物質の量を減らすことに成功しています。もともと鴨は江戸時代から蕎麦屋や居酒屋で日本酒と共に親しまれてきたものなので、相性抜群と言えるでしょう。
鴨はとにかくしっとり柔らかな舌触り。合鴨らしい嫌味のないコクと脂の甘さがあり、甘酸っぱいりんごのタタンがスタンダードによく合っています。添えられているポムドパイヤッソンはじゃがいものガレットのことで、表面が香ばしく、穀物の甘さとカリッとした食感でワンランク上の付け合わせ。鴨を丸ごと使用したことでむね肉ともも肉の両方が味わえ、炭焼きによる香りがよりジビエ感をアップさせ、肉の味わいと食感を最大限に引き出しています。ソースはクラシックなサルミソース。一般的には野鳥のガラを煮詰め、内臓や血で繋いだソースの事を指し、主役になるほど主張の強いソースも数多くありますが、こちらはフォアグラで繋いだサルミソースという仕上がり。濃厚すぎず上品なうま味とコクのある魅惑的な味わいで、鴨肉を引き立てる絶妙な濃醇さになっています。
この料理に「久保田 碧寿」を合わせていて、碧寿のボリューム感と鴨のボリュー感が丁度良く、ソースの輪郭を引き出し、碧寿の複雑な酸が料理の底上げもしていて非常に相性の良い組み合わせに感じました。
モンブラン アマファソン × 「久保田 純米大吟醸」
見た目はモンブランではありませんが、食べると確実にモンブラン。特に、メレンゲにナイフを入れる瞬間が最高に気持ちのよい感触で、サクッとした食感がナイフを伝わって感じられ、気持ちも昂ります。弾けるように溶けるメレンゲ、濃厚な栗のソースとクリーミーな栗のアイスが渾然一体となって口の中を幸せいっぱいにしてくれました。
アイスに「久保田 純米大吟醸」をかけると、華やかな香りが加わり、純米大吟醸のリンゴ酸がアイスの甘さを引き立てつつすっきりとした後味に。”アマファソン(私らしく)”と名付けただけあって、まさに林シェフしか作れないモンブランです。
フルコース全てに日本酒を合わせるというのは初めての試みだったという林シェフも「日本酒を意識することによって料理の幅も広がるだろう」とおっしゃいます。日本酒の輸出量も年々増え、現地フランスのレストランでも日本酒がオンリストされるようになってきました。世界の料理に日本酒を合わせないなんて勿体ないのではないでしょうか。
「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」は、現在12月1日(金)に東京・赤坂の「トゥーランドット 臥龍居」にて開催予定の中華料理とのペアリング体験への参加申込受付中です。皆さんも、各国の料理と日本酒ペアリングを体験してみませんか。
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まゆみ
酒匠、料理研究家。 1日も欠かすことなく酒を呑み続ける驚胃の持ち主。酒と蕎麦と音楽を愛する。著書「うち飲みレシピ」「スバラ式弁当」。