旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~ 注目度の高い麻布台ヒルズに佇む東京イタリアン 深みのある料理と日本酒
2024.10.25

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旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~ 注目度の高い麻布台ヒルズに佇む東京イタリアン 深みのある料理と日本酒

世界の料理と久保田をペアリングするイベント「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」。過去には、フレンチ、バスク、ベトナムといった様々な国の料理とともに開催されてきましたが、13回目となる今回が最後回。最後を飾るのは、ブリアンツァグループ8店舗目となる「DepTH Brianza(デプスブリアンツァ)」。ブリアンツァの集大成とも言われている店舗で、どのようなペアリングとなるのでしょうか。その様子をレポートします。

目次

  1. 麻布台ヒルズの賑やかさから離れポツンと一軒 温かい雰囲気の「DepTH Brianza」
  2. 生産者の想いがのせられた料理の数々と生産者が語る日本酒
    1. 黒無花果 羊 雛豆 × 久保田 スパークリング
    2. 牡丹海老 大和芋 × 久保田 紅寿
    3. 未利用魚 米 × 久保田 純米大吟醸
    4. 秋刀魚 薩摩芋 洋梨 × 久保田 翠寿
    5. ポルチーニ 生麩 ほうき鶏 × 久保田 萬寿 自社酵母仕込
    6. 和梨 酒
    7. 熟成牛 × 久保田 千寿
    8. 〆 × 久保田 萬寿
    9. 抹茶 林檎 ココナッツ × 久保田 百寿
  3. テイストの違う苦味によって奥行きのある料理に

麻布台ヒルズの賑やかさから離れポツンと一軒 温かい雰囲気の「DepTH Brianza」

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麻布台ヒルズは未来都市のような建物が立ち並び、行き交う人々も高級感のある装いの街。駅から直結の地下通路は話題のショップや飲食店が随所にあり、華やかな商業施設ですが、そこから少し離れたレジデンス棟に誕生したのが、「デプス ブリアンツァ」。国内外でのレストランコンサルティングや商品プロデュースなど幅広い活躍の奥野義幸氏が自ら厨房に立ちます。奥野シェフはイタリア8州で料理を学び、帰国後は「リストランテ ラ・ブリアンツァ」を立ち上げ、その後もブリアンツァグループを展開。奥野シェフを通して表現されるイタリアンは、今一番注目されている料理といえます。

生産者の想いがのせられた料理の数々と生産者が語る日本酒

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12席という小さな空間は、まるで邸宅に招かれたかのような雰囲気。タキシードのように畳まれたナプキンに思わず顔がほころびます。
通常もデプス ブリアンツァではコース料理のみ。長年、奥野シェフが付き合ってきた全国の生産者から仕入れる食材はどれも貴重なものばかり。そして、朝日酒造スタッフからも、それぞれの銘柄にどれだけの想いが込められているのか、どういったお酒なのか、丁寧に説明されます。参加者も熱心に聞きながらコースが進んでいきました。

黒無花果 羊 雛豆 × 久保田 スパークリング

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アンティパストは「久保田 スパークリング」に合わせた二品。スプーンにのせられているのは揚げた黒無花果(イチジク)。火を通したことで甘さがグッと出てきた無花果は、カリッとした外側とトロトロになった中身がオイルと絡み合うことで主張のある味わいになり、そこに羊のリコッタチーズが加わってコクをプラスしています。バジルの風味をふわりと立ち上らせていることで全体的にグリーン感を強調し、リラックスした気分になるスタートとなりました。更に、スパークリングの甘さと酸味が料理のオイリーさをやわらげ、すっきりとした印象に。

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もう一つは小さなタルト。意外にもしっかりとした甘さのあるタルトで、一口サイズながら濃厚で余韻が長い味わい。タルト生地の上にはとろりとした雛(ひよこ)豆のフムスとコーヒー風味のピーカンナッツが添えられています。焦がしバターの苦味が効いていることでナッティな風味が倍増し、よりコクのある仕上がりに。サクサク、トロトロ、ざっくりといった様々な食感と甘さ、苦味と香ばしさがこの小さい中に凝縮されています。タルトの甘味によって、スパークリングはコクと旨味が全面に出された組み合わせとなりました。

牡丹海老 大和芋 × 久保田 紅寿

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牡丹海老を存分に味わえる二品には「久保田 紅寿」。
サンチュに盛り付けられた牡丹海老は歯を押し返してくるほどのブリブリ食感で、炙って香ばしくなっており、甘さがググッと広がってきます。団子状になっているものは大和芋をすりおろして揚げたもので、モチモチとしていてクミンのエキゾチックな香りが足されています。控えめに添えられたグリーンカレーは辛味が抑えられていて、ほどよいスパイシーさとコリアンダーの甘さ、青唐辛子のグリーン感が鮮明です。全てをサンチュでくるりと包み込んで一気に頬張ると、それぞれ確立された味わいが急にまとまって、フレッシュなカレーが口の中で出来上がります。東南アジアのような南アジアのような、いろんな要素を感じさせる料理でした。

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牡丹海老のビスクは、器が目の前に届いた瞬間から海老の香りが鼻に抜けていくほど、とにかく濃厚な一皿。旨味と苦味と芳醇さといった舌の全てを刺激するような味わいに紅寿のアルコール感とドライなキレが合わさることで、甲殻類の独特な香りが一瞬影を潜め、コクと風味、甘味の余韻が綺麗に続くようになっていました。

未利用魚 米 × 久保田 純米大吟醸

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未利用魚とは、漁獲量や配送コスト、知名度などによって漁獲されたものの流通されない魚のこと。例えば、見た目や大きさによって正式なセリにかけられない、加工しようにも水産加工場の労働不足によって手間と費用がかかるため対処しきれない、消費者の調理法が普及しておらず売れ残りが多いためはじかれてしまう、といったことが理由に挙げられます。生産者や都道府県でも改善しようと取り組んでいますが、まだまだ小売店も消費者も情報と知識が少ないことで、普及には至っていません。
デプスブリアンツァでは、そういった未利用魚をまとめて送ってもらい、メニューに組み込んでいます。毎回届く魚は違うようで「今回はタイ、コチ、ホウボウなどが入っていました」というのですから、有名な魚でもサイズによって見向きもされないのかと考えさせられます。
未利用魚は潰し、石川県のカニを加えてお米と一緒に焼き上げた、旨味が詰まったブイヤベース風味のドリアとして提供されました。表面がカリカリ、サクサクとしたアクセントのある食感で、中にはしっとりとしたサフランライス。カニの香りが凝縮していて焼いたことで香ばしさもプラスされています。見た目では魚が入っているとは分かりませんが、魚介の出汁と白身魚の旨味が確実に感じられる仕上がり。

お酒は「久保田 純米大吟醸」。どのメニューにも合いそうな純米大吟醸ですが、滑らかな舌触りとドリアのしっとりした口当たりがとてもよく、リンゴのようなフルーティーな香りもカニの風味と混ざることでより複雑さが増し、想像以上に相性が抜群でした。

秋刀魚 薩摩芋 洋梨 × 久保田 翠寿

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まだ開催された時期には少し早めの走りの食材である秋刀魚や薩摩芋と、4〜9月限定出荷の「久保田 翠寿」という和食を楽しむかのような組み合わせ。秋刀魚はなんと春巻きにされて登場です。
パリッとした春巻きの皮と一緒に口に含むと、秋刀魚の芳醇な香りと、肝の濃醇な旨味が広がり、クリームチーズが肝と和えてあることに驚かされました。さりげなくテクスチャーをよくしている程度ですが、これがとても効いていてまろやかで滑らか、そして爽やかな酸味を与える役割。薩摩芋と洋梨は妖艶な甘さがあり、お酢のフルーティーな酸味も相まって、奥行きのある甘味となっています。上にかかっている紫キャベツのパウダーが、辛味のないペッパーのような苦味のあるスパイスのようなアクセントを発揮していて、大葉のソースが軽やかに全体をまとめていました。

翠寿はフレッシュ感と青々しい香りが特徴で、その若々しさが大葉のソースと絡み合って後味を軽快にし、肝の芳醇でちょっとした苦味をも上品にしてくれました。

ポルチーニ 生麩 ほうき鶏 × 久保田 萬寿 自社酵母仕込

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ポルチーニの芳醇な香りが充満し、食べる前から心踊る一皿。ふわりと柔らかいフランに、肉の質感がしっかりとした団子と優しい甘さの柿が入っています。鶏団子は一般的な若鶏より長く飼育されたほうき鶏を使用しているため、歯ごたえと旨味を十分に堪能できます。出汁を吸ってジューシーな生麩、栗のようなホクッとした銀杏を見つけると茶碗蒸しのイメージもありますが、ポルチーニのナッツのような香りのあんがかかっていて別物。特に生のアーモンドの甘く魅惑的で、杏仁にも似た風味が「久保田 萬寿 自社酵母仕込」の華やかでフルーティーな香りとリンクして絶妙です。お酒のバナナやメロン、桃のような柔らかい甘い香りとポルチーニのナッティな感じや醤油っぽい香り、アーモンドのエキゾチックな香りと様々な香りが絡み合うことで、萬寿 自社酵母仕込のボリュームのあるお酒とも全く違和感のない組み合わせです。

和梨 酒

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口直しとして出てきたのは、「久保田 百寿」と和梨を使ったシャーベット。梨のすっきりとした甘さにアルコールのキレが重なりドライな印象から、酒粕の風味が後から後から出てきてコクを加えています。滑らかでクリーミーなテクスチャーが優しくほっと一息つける口直しで、次のメインが待ち遠しくなります。

熟成牛 × 久保田 千寿

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この塊を目の前に出されたら、それはそれは素晴らしい肉だということは一目でわかり、早く食べてみたいと思わずにはいられません。近江牛の販売をしながらジビーフやオークヴィールといった希少な肉も扱う滋賀県のサカエヤ。魚は、船上や仲卸の手当てによって質が変わり値段も変わってきますが、肉も同じです。肉の水分量の調整で質感や食感、旨味といった全てのことが格段に美味しくなります。それを料理人が納得する状態に熟成させるサカエヤは、全国から絶大な信頼を得ています。「サカエヤから仕入れた鹿児島県産の黒毛和牛です」と説明があっただけで参加者から歓喜の声が上がるほどですから、消費者も憧れの食材であることに間違いないでしょう。
そして、経産牛であることも重要です。経産牛とは、出産を経験した雌牛のこと。ブランド牛に認定されるものは、去勢した雄牛か出産経験のない雌牛が価値が高いとされ、柔らかな肉質と美しい脂が特徴。経産牛は肉質が劣るというイメージがあり、加工肉にされることがほとんどなのです。しかし、経産牛の飼育の仕方も重要ではありますが、完璧な熟成によって驚くほど柔らかく旨味がのった肉質に変化します。それを実感できる感動的な料理が提供されました。

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外側がカリッと香ばしく焼かれていて、嫌味のない苦味をまとっています。中はしっとりと柔らかくて歯切れも良く、赤身部分の甘さと旨味が口いっぱいに広がり、脂の部分はさっくりとした歯ごたえで口の中の温度でとろけるほど。これ以外の焼き方があるのだろうか、と思うほどの焼き具合。牛肉を発酵させた醤油(ガルム)を塗ってあるため、相性の良いコクと塩気をまとっています。添えてあるホースラディッシュのピクルスを少し乗せるとキレの良い辛味と酸味で後味があっさりしつつ、肉の甘さも引き立っていました。
存在感のあるまん丸のコロッケはライスコロッケ。噛んだ瞬間にしっとりとしたお米が出てきて妖艶さがあります。ここにも熟成肉を使ったボロネーゼが使われているため、ボリュームがあり満足度の高いコロッケです。
お酒は「久保田 千寿」。淡麗辛口の代表で、和食や家庭料理に合わせる機会は非常に多いかもしれませんが、世界の料理とのペアリングでは登場回数が少なかったのです。それが、今回はメインに合わせて提供されました。すっきりとした軽快な香りとキリリとしたキレ、引き締まる苦味が料理の香ばしさと苦味によく合っていて、千寿に隠れていた甘さが引き立つ組み合わせとなっていました。

〆 × 久保田 萬寿

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締めの食事として出てきたのはビーフンですが、酒の肴といっていいほどの贅沢なカラスミが上にたっぷり広がっています。歯ごたえのあるビーフンに、塩気の強いカラスミを和えることでプチプチツブツブ感が更に強調され、味わい深さが強調されています。ひっそりと入っていた松茸がカラスミに負けない歯ごたえで香りがふわりと鼻に抜けていって芳醇さがプラス。ビーフンにもカラスミの風味が感じられたのは、カラスミを削った時に出てくる余分な部分を出汁にしたからだとか。削れなかった最後の場所や欠けた部分などを水に浸して旨味を抽出するようで、無駄を出さずどんな食材も最上級に仕上げる奥野シェフの技なのかもしれません。
お酒は、華やかでまろやかな口当たりの「久保田 萬寿」。テクスチャーがビーフンのシャキシャキさと対極で、それがまたお互いの特徴を引き出しており、締めなのについつい箸も盃も進んでしまいました。

抹茶 林檎 ココナッツ × 久保田 百寿

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最後のデザートはとろっとろのパンナコッタ。口に入れた瞬間に溶けて何もなくなるほどで、ココナッツの甘さと香り高い抹茶の苦味が残っていきます。添えられた林檎のゼリーは酸味が効いていて、全体的に甘さをギリギリまで抑え、苦味と風味の余韻が美しい大人なデザート。今まで「久保田 百寿」がデザートにペアリングされることはありませんでしたが、こんなにぴったりハマるデザートは他に無いかもしれません。すっきりした香りとキレがあり、ドライな百寿と抹茶の苦味が程よく合い、むしろ百寿が甘く感じるほどでした。

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プティフールも甘さの無い、カカオの風味が全面に出ているクッキー。はかなく消えるほどのふわっとした食感で、ほろ苦いチョコレートとナッツの香ばしさという、苦味と香りを効かせた仕上がり。和を感じさせるような甘さが少なく軽やかで心地よい余韻のあるデザート構成で感激しました。

テイストの違う苦味によって奥行きのある料理に

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全体的に、苦味や香ばしさといった風味を特徴的に捉えた調理で、それによって甘味や旨味といった箇所も広がるような幅の広い味となっていました。ある部分はアタックが効いていたりある部分は素材そのもので淡い味だったりと、一皿の中にもバラエティ豊かな仕掛けが存在し、口に含むことでそういうことだったのかと理解できるような、イタリアンの中にも和食や異国のニュアンスがあるコース料理となっていました。
「実家が和食屋をやっていたこともあって日本酒には馴染みがあったんですが、ひとつの銘柄で組み立てるのは初めて。だからこそとても面白かったので、是非またやってみたいですね」と奥野シェフ。

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参加者の皆さんも料理を堪能し、久保田の良さを再確認し、満足している様子が見受けられます。今回で最後なのは残念でなりませんが、毎回新しい発見と、シェフたちの日本酒へのアプローチもそれぞれ違っていて毎回楽しい体験の「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」でした。また何かの機会で復活してほしいと願っています。

profile

酒匠、料理研究家。 1日も欠かすことなく酒を呑み続ける驚胃の持ち主。酒と蕎麦と音楽を愛する。著書「うち飲みレシピ」「スバラ式弁当」。