奥深さと懐かしさと優しさのドイツ料理と日本酒が絡み合う「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」
「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」の第9回目が開催されました。イタリア、フランス、バスク、北欧とさまざまな料理と共に久保田を楽しんできましたが、今回はドイツ、オーストリア料理との組み合わせです。ドイツ語圏の料理に触れながら季節のお酒も登場した「旅する日本酒ペアリング」のイベントレポートをします。
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世界各国の料理と日本酒「久保田」を楽しむイベント「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」。今回はオーストラリア料理です。移民が集まったオーストラリアではそれぞれの文化が混ざり合い、各国の料理が融合して出来上がったフュージョン料理が発達してきました。ラグジュアリーな空間で開催された多国籍ペアリングイベントをレポートします。
オーストラリアの先住民であるアボリジニの人々は約6万5千年前から住居していますが、食文化が大きく変化したのは1788年にイギリスの植民地になってから。イギリス人の多くが住むようになり、移民政策が推進されてからは世界各国の移民を受け入れてきました。チャイナタウンやイタリア人街が見受けられ、イギリス文化をベースに、イタリアやタイ、ベトナム、日本などの影響を受けてオーストラリアの食文化は発展していきました。
オーストラリアの代表的な料理は?と聞かれるとフィッシュ&チップス、ミートパイといったファストフードを思い浮かべがちですが、モダンオーストラリア料理と呼ばれる、時にフレンチ、時にイタリアンのような料理があります。多国籍が集まる国だからこそ、フレキシブルなメニューが生まれ、それら全てがオーストラリア料理と言えるのではないでしょうか。
今回の会場は、日本の優美さとヨーロッパのモダンなデザインが調和した日本初のプルマンホテル内にあるロビー&ラウンジ「JUNCTION」でした。シェフは、福田浩二 (ふくだこうじ) さん。ニュージーランド、オーストラリアでも経験を積み、2019年にプルマン東京田町のエグゼクティブシェフに就任した素晴らしいシェフです。
実は、普段はほとんど日本酒を口にしないという福田シェフ。共に働いているソムリエの岩崎さんも、レストランで取り扱うのはワインが主だといいます。スタッフも含め、久保田のラインアップをテイスティングして決めたという今回のペアリング。何が提供されるのか、どう合わせられるのか、期待が膨らみます。
カラフルでトロピカルな前菜からスタートです。
“天国に一番近い島”として知られている、南太平洋に浮かぶフランス領ニューカレドニア。白い砂浜と青い海が広がる場所でParadise prawn(パラダイス プロン)という品種の海老が養殖されており、フランスの研究機関によって世界最高峰の品質と認められています。これこそが天使の海老。一番の輸出国は日本というほど、海老好きが揃っている日本。日本人にはたまらない料理でしょう。
天使の海老はプリッとした食感と口の中で弾ける弾力で、ニューカレドニアの魚醤を塗ってあることでしっかりとした塩気と旨味が加わり、炙ったことにより香ばしさがプラス。ソースはマンゴーのねっとりとした甘さとパッションフルーツの酸味、ライムの爽快さが一体となっていて、パッションフルーツの種のカリカリとした食感がアクセント。ココナッツの甘さとコクが味に深みを与え、コリンキーも合わさってシャキシャキとした食感、角切りのマンゴーもひっそりと入っていて甘さの余韻を作っています。海老にトロピカルなソースを絡めると、食感と香りが何十層にも重なってやってきました。
1杯目のお酒は「久保田 純米大吟醸」。リンゴやパイナップルのような香りとソースが完全にリンクし、料理にのせられたグレープフルーツの甘苦さが深みを与えてくれ、華やかでフルーティーな組み合わせです。
移民国家のオーストラリアでは様々な調理法や味付けがなされており、それぞれのバックグラウンドによって、例えば中華風、ベトナム風、ブラジル風といったテイストが料理に組み込まれています。そこで「この料理には自分の母国である日本の食材を合わせてみました」と、福田シェフ自ら味噌のソースを卓上でかけて仕上げるという一品。
オムレツはムチっとした外側で、スプーンを入れるとトロリとした玉子とチーズが溢れ出しました。味噌とチーズは誰しも納得する相性の良さ、そこにエキゾチックなパクチーの香りが想像以上にハマっており、いくらのプチプチとした食感とコクが後から後からやって、さりげない白ごまの食感と噛んだ時の香ばしくオイリーな感じが更に全体の美味しさを底上げしています。スノークラブは甲羅の白い蟹で、日本では一般的ではありませんが、アメリカや中国には輸出も多くオーストラリアでは人気のある非常に美味しい蟹です。このスノークラブの存在感が生かされており、味噌の優しい風味と相まって心落ち着く仕上がりです。
爽やかで青々とした香りで、アルコール感もあり苦味と渋味で引き締まる「久保田 翠寿」と合わさると、料理のしっかりとした塩気がスムーズに喉を通っていきながら、お酒のフレッシュさと米っぽさを感じられるようになりました。
お皿が運ばれてくる時から強烈で魅惑的な香りが鼻を突き抜けていった一皿。イタリアの家庭料理であるポレンタが極上の仕上がりとなっていました。
ブルーチーズで作られたポレンタはホロホロとした食感、ここにトリュフオイルが入っていることでチーズの濃厚さとトリュフ独特のにんにくやバターを思わせる香りが混ざり合い、魅力的な風味が重なり合っています。ホタテは絶妙な火入具合で、外側は香ばしく中はしっとり。しいたけ、チーズ、ホタテというアミノ酸が凝縮された料理となっていて、そこにセルバチコ(ワイルドルッコラ)の苦味が入ることで、濃厚さの余韻を切っています。
お酒は「久保田 萬寿 自社酵母仕込」。華やかで濃醇な香りとまろやかでなめらかなテクスチャーが、ねっとりとしたポレンタと合っていて、料理とお酒のボリューム感も丁度良いバランスです。ブルーチーズ特有の香りと強めの塩気が、萬寿 自社酵母仕込のフルーティーな香りと同調し、更に濃厚で旨味を引き上げる組み合わせとなっています。
口直しとして定番なグラニテも、「久保田 ゆずリキュール」を使用した素晴らしい完成度。凍らせたことにより、そのままのゆずリキュールとは違ってアルコール感がしっかりと感じられます。食感はふわふわで、ゆずの皮が散らしてあるため更に香りが高くなり、爽やかさと苦味と酸味が一体となって口の中を完全にリセットしてくれました
福田シェフと言えばラム肉。オーストラリア産ラム肉の認知度を高めるために活動をするラムバサダーにも任命されています。そのため、今回のメインともいえ、参加者も楽しみにしていた料理ではないでしょうか。大迫力のラム肉は、ニューサウスのラムチョップ。塊のまま2時間ほどローストしたといい、ゆっくり焼かれたことで周りの脂がカリカリと香ばしくクリスピー。口に含むと隠れていた脂が口いっぱいに広がってきて、中心部分はしっとりと柔らか。フレッシュ感さえあるラム肉で、羊肉らしい香りはそのままに癖がなく旨味と脂の甘さの余韻が続いていきました。
添えられていたのはズッキーニのフムス。中東諸国の伝統的なフムスはひよこ豆で作るのが一般的。にんにくの香りの高さとズッキーニのグリーン感がこんなに合うとは驚きです。普段のフムスよりずっと軽やかで、ボリュームのあるお肉にはこれくらいのフムスが丁度よく感じました。エキゾチックなモホベルデで更にグリーン感が足され、ラムの脂を払拭する役割を果たしています。さりげなく付け合わせとなっているカブは3時間ローストされたもので、皮ごと焼かれているためジューシー。まるで甘いカブのジュースを飲んでいるかのような感覚で絶品でした。
過去の日本酒ペアリングでもお肉との相性の良さを発揮していた「久保田 碧寿」は、今回もぴったりとハマっています。「ワインにマロラクティック発酵というものがあります。碧寿とイメージが合ったのでこの組み合わせにしてみました」とソムリエの岩崎さん。発酵といってもアルコールを生成することではなく、リンゴ酸が乳酸菌によって乳酸と炭酸ガスに分解されること。これによりバターやヘーゼルナッツのような香りが生まれ、リッチな料理と合わせられることがよくあります。山廃仕込みによる複雑な酸とコクと旨味をもつ碧寿にマロラクティック発酵のワインを重ねたのはソムリエならではの発想かもしれません。ボリュームたっぷりのラム肉に碧寿の旨味が足され、料理とお酒の香りが相まって複雑さを増すペアリングとなっていました。
ベイクドアラスカとも言われるボムアラスカは、スポンジケーキとアイスクリーム、メレンゲが折り重なるアメリカの伝統デザート。発祥や由来は明確にはわかっていません。物理学者が発案者だという説もありますが、ニューヨークのシェフが初めて提供した時はアラスカがアメリカ領土に加わった年だったというのが有力説。また、冷たいアイスクリームをアラスカに、熱いメレンゲはフロリダを指し「アラスカ・フロリダ」と呼ばれていたこともあるようです。諸説ありますが、100年以上も前からアメリカで愛され、オーストラリアでも定番で人気のあるスイーツとなっています。
このボムアラスカがテーブルで完成されるというスペシャルデザートとなって登場。久保田とスピリタスをブレンドして火をつけ、好みの加減になったところで自分で火を消すという演出で心踊ります。外側のメレンゲの部分に火が入ることで、焼きマシュマロのような香ばしく甘い香りが立ち上りました。スプーンを入れるとスポンジとアイスが顔を出し、口に含むとムチっとした食感のメレンゲとココナッツの甘さとコクのある冷たいアイスクリーム、しっとりなめらかなスポンジが渾然一体となって溶けていき、甘さの余韻が続きます。マンゴーソースを絡めると、甘さと酸味が加わって奥行きのある味わいに。
最後のお酒は「久保田 スパークリング」。メレンゲがメイラード反応したことで日本酒と繋がっています。麹(こうじ)の香りと甘やかな印象が強いスパークリングも、しっかりした甘いデザートと一緒になることで酸味と苦味が押し出され、メレンゲの香ばしさとソースの酸味と絡み合ってくる、お互いを口に含むことで更に別の面を見せてくれる組み合わせとなりました。しかも、トロピカルなソースを使った前菜から始まり、最後も同じマンゴーを使ったソースが出ることで一連の流れが出来上がっていて、素晴らしい満足度の高いコース内容です。
ラムバサダーの一人である福田シェフは「もっと日本にラム肉を広めたい」といいます。オーストラリア人の年間平均消費量がひとり9kgに対して日本人は200g。口にしていない方がほとんどと言えます。オーストラリアではスーパーに羊肉が並び、休日には家族や友人たちとBBQを楽しみます。しかし、日本のスーパーで羊肉を見かけることは非常に少ないのが現状。「流通の問題もありますが、日本人は食べたことがなければ調理法も分からず、だからこそ手に取らない。残念です。」しかし、福田さんのラム料理を食べたら「またラム肉を食べたい!」と感激するはずです。気軽にラム肉が食べられるような環境になればいいな、と単純にそう感じました。そして、日本酒との相性も抜群、日本でラム肉が手に入るようになれば食の幅が広がるのかもしれません。
世界の食材と調理法が混ざり合い、独自の文化が進んでいったオーストラリア料理。多文化だからこそ日本酒もすんなり入っていけたのでしょう。違和感の無い、全てが溶け込むペアリングディナーとなっていました。
profile
酒匠、料理研究家。 1日も欠かすことなく酒を呑み続ける驚胃の持ち主。酒と蕎麦と音楽を愛する。著書「うち飲みレシピ」「スバラ式弁当」。