日本の食材にバスクの風が吹く「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田」
世界の料理と久保田をペアリングするイベント「旅する日本酒ペアリング」の第8回目が開催されました。今回はバスク料理です。実際にバスクに行かなくても、そんな雰囲気を味わえる楽しいコースでした。またバスク料理が食べたくなる、そんなイベント内容をレポートします。
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世界の料理と久保田をペアリングするイベント「旅する日本酒ペアリング」の第6回目が開催されました。今回は発酵を取り入れた料理で注目を浴びている「ACiD brianza(アシッド ブリアンツァ)」。北欧の料理と日本酒は驚きの出会いがありました。その様子をレポートします。
目次
2022年6月、麻布十番に「ACiD brianza(アシッド ブリアンツァ)」が誕生しました。フレンチにノルディックを掛け合わせた独自のスタイルで、オープン当初から多くの食通を唸らせてきたレストラン。食材を記載するメニューは最近ではそれほど珍しくはありませんが、「ACiD brianza」では “酵母” や “花粉” といったタイトルもあり、俄然興味が湧いてきます。
シェフを務めるのはフランスの「Sa.Qua.Na」、デンマークの「Kadeau」と名だたる名店を経て帰国した児玉智也さん。北海道小樽出身の児玉さんは、帰国当初は北海道を拠点にしてレストランとのコラボレーションや、知人の物件を借りてのポップアップレストランをやっていました。その中でブリアンツァグループの奥野義幸氏と出会ったことがきっかけで、新たなブリアンツァ「ACiD brianza」となってスタートしたと同時にシェフ就任となったのです。
木のぬくもりを感じさせる店内はシンプルで気取りが無く、温かみのある空間でとても居心地よく過ごせる場所。牛のガルム(牛醤)や松のシロップ、ピクルスなどの瓶も並んでいてまさに発酵がテーマなのだと気付かされます。
今回は、児玉さんとソムリエである千葉さん、そしてスタッフを含めた4人で久保田のラインナップをテイスティングし、全員で話し合いながらペアリングを決定したといいます。全て日本酒でのペアリング、こういったイベントは初めて行うという児玉さんでしたが、どんな料理が出てくるのかワクワクが止まりません。
最初から驚きの1品が出てきました。メニューには “あん肝” と書かれていますが、鮮やかな色のまるでタルトスイーツのような見た目です。バナナと発酵したザクロで炊いたというあん肝はねっとりとした食感で、サクッとしたタルト生地に包まれています。突然出てくるコリコリとた食感は奈良漬、綺麗な赤紫色はビーツを使用。サラダなど生で食するビーツは土のような香りが特徴的ですが、酸が加わることによりマスキングされ、より甘い香りがふわっと出てきます。発酵由来の酸によりビーツの甘さとタルトの香ばしい香りが混ざり合い、あん肝や奈良漬の様々な食感で、一口で食べられるサイズの中に多くの要素が詰まっていました。
“春巻き” は小さい中に何が入っているだろうと思っていたら、まるで豚足に齧り付いたかのような感覚になるほどジューシーな味わい。ゼラチン質のトロッとした舌触りに大根の食感が所々感じられ、添えられた大葉を巻くことでオイリーさが消えフレッシュ感が加わります。ソースは発酵させたブルーベリーを使用していて、まろやかになったベリー系の酸の中にアニスの甘く魅惑的な芳香が特徴的。このアニスの香りとイチジクの葉のグリーン感が大葉を巻いた春巻きとのつなぎ役に。
お酒は、この時期楽しみにしている方も多い「久保田 萬寿 無濾過生原酒」。通常の萬寿よりずっと華やかで香りのボリュームがあるお酒です。味わいもアルコール感がしっかりと感じられ、ふくよかでとろりとした舌触り、キリリとした刺激があってしっかりとしたタイプです。これが一見難しいと思われたあん肝との相性もよく、フルーティーさがあん肝の脂肪と絡まり合い、ビーツの甘い香りがお酒も複雑にしてくれました。生酒特有のフレッシュで青っぽい香りは、アニス入りのソースとも同調していて春巻きとの組み合わせは抜群です。
黒い器、昆布を焦がして作ったオイルという黒い液体の中に映える赤貝が美しい“お浸し”。サクッとした食感とオイルをまとっていることによりスナック感覚のブロッコリーが具材となっていて、しっかりと酸が絡まった菜の花と歯ごたえのあるわかめ、そして赤貝は歯切れがよく、ソースは発酵させたトマトジュースを使っているようで、このソースがトマトを感じさせない程度の甘酸っぱさで良い塩梅です。
お酒は、すっきりとした爽やかな香りの爽快でキレが良い「久保田 千寿 純米吟醸」。お浸しに加えられた柑橘の青苦さがお酒を繋げていて、昆布のオイルが香ばしく焦げ感が重なることで長期熟成のような錯覚に陥り、お酒に高級感を与える組み合わせとなっていました。
“酵母” と名付けられたメニューは、イーストを使った料理でした。ローストしたイーストのピューレ、バターで焦がしたリードボー、そこに焦がした春菊の泡のソースがかかっています。器の底からスプーンを持ち上げるとスティックセニュールが入っており、癖のない青っぽさとイーストの香ばしさ、リードボーのコクが絶妙に絡み合っています。
ソースは、春菊特有のマツやスギのような針葉木の香りを放ちながら舌の上で弾けて消えていくという絶品の泡ソース。中にサクサクとした食感が入っていたのは素揚げしたごぼうで、干し柿の枯れた甘さも相まって、まるで香茸やポルチーニにも似た芳醇な香りに感じられました。リードボーとイーストが強すぎない酸でふくよかさがあり、優しい味の中にアクセントを作っています。一つ一つの要素がそれだけで成り立っていますが、全部一緒に口に含むことで違う方向へと完成させる、非常に印象深い料理。
「久保田 萬寿」は果実のようなねっとりとした香りがあり、口当たりはまろやかでスッとキレるお酒。萬寿のなめらかでまろやかな口当たりが料理のテクスチャーに合わせる組み合わせです。
器が運ばれてきた瞬間から黒酢が香るほど酸の高さを感じさせる “茶碗蒸し” 。白菜のサクサク、湯葉のシャキシャキ、トリュフのホクホクといった食感のコントラストが楽しく、ギリギリで固まっているたまごがソースのように絡まり、トリュフとの相性の良さを感じさせる1品。上に乗っているカニがポイントで、全体の満足感とボリューム感を調え、それぞれの食材をまとめている役割を果たしています。牛醤を使用しているそうで、そのおかげか独特な中国黒酢に更にコクとうま味が重なって香りは華やかでありながら味は落ち着いた仕上がりです。
「久保田 萬寿 自社酵母仕込」は、嫌味のない華やかさで、りんごのような爽やかさとバナナやメロンのようなねっとりとした甘さが共存するフルーティーな香りを持っています。上品な味わいが儚くもキレていきますが、トリュフの土やムスク、鉱物のようなミステリアスな香りと相まって、余韻も楽しめるような特別感のあるお酒に感じました。
河豚の白子をちぢみほうれん草で包んで蒸したという、見た目にも可愛らしい “河豚白子” にソースは発酵させた野菜ジュースとコンテチーズ。丸くまとまった塊にナイフを入れるとトロッとした白子が出てきます。なめらかな白子が口の中にまとわりつき、芳醇なソースも絡まって濃厚な味わいですが、ほうれん草のシャキッとした食感が残っているのとセミドライトマトの甘酸っぱさで重たく感じさせません。下に敷いてあるペーストが絶妙で、りんごの食感とバニラの甘い香り、優しい刺激と柑橘の香りがふわりとするティムールペッパーがアクセントとなっています。
ここでペアリングされたのは「久保田 純米大吟醸」。ペーストに入っているリンゴが純米大吟醸の中にある香りを増幅させ、ほろ苦くキリッとした爽やかさを持っているディルのオイルがお酒のコクとうま味を感じさせ、エキゾチックなティムールペッパーは柑橘系の香りを引き出しています。
一緒に出されたワッフルは米粉で作られていて、シンプルで優しい甘さでもちもち食感。コンテのソースをつけると満足度が高く、チーズの酸とワッフルの焼いた香ばしさが純米大吟醸とよく合っています。
“鶏酢味噌” は、焼いた鶏肉と酢味噌で和えた下仁田ネギという組み合わせ。下仁田ネギの下にフォアグラが隠れていて、ネギのシャキシャキ感に負けないしっかりとした歯ごたえ。とろりとした鶏出汁のソースを絡めると一気に満足度が高くなり、フォラグラの脂っぽさと酢味噌の程よい酸がまとまっていきます。
鶏肉は福島県の伊達鶏で、若鶏のような柔らかく歯切れの良い肉質と地鶏のような深みのあるうま味を持っている鶏です。炭火で調理することでその特徴を存分に引き出されていて、炭の香りで香ばしくしっとり仕上がっていました。そしてソースに少量かかっているオイルによりより一層コクが加わっています。これは麹とオイルを真空してからスチームにかけたというオイルで、まるでローストしたかのような香りと味わいがあり、醤油にも似たうま味を感じました。
お酒は「久保田 碧寿」。碧寿の複雑な酸が全体的な底上げをし、コクのある味わいが鶏肉ともよく合い、炭火との相性も抜群で何の違和感もない組み合わせです。
ペアリングコースとしては最後のメニューとなる “ブラウニー” 。ざっくり食感でホロホロと崩れ、香ばしくカラメルのような濃厚さと甘さのあるブラウニーに、イチゴジャムとねっとりした食感とすっきりした酸のフレッシュチーズが乗っています。キリリとした酸のフワンボワーズと爽やかな香りのバジルが散らしてあり、丸ごと口に入れると、食感、香り、甘さ、酸がまとまって想像以上に爽やかなデザートに仕上がっていて、温かいブラウニーと凍ったフワンボワーズの温度差も楽しいデザート。スタートもブルーベリーが使われていて、最後もいちごやフワンボワーズといったベリー系が使用されているため、流れがある組み立てだったように感じました。
普段は乾杯用に提供されることの多い「久保田 スパークリング」も、微発泡感とスッキリした甘さで最後の1杯としても最適。フレッシュチーズとの相性も良く、酸が際立つデザートと微炭酸のすっきりしたお酒で軽やかな締めとなりました。
更に最後にパウンドケーキ。外側はカリカリとして中はふわりと軽い食感、焦がしバターの濃醇な香りがあるパウンドケーキ、添えてあるのはしっかりと濃厚な甘さのペーストで、程よい苦みを持っていて口どけがよくスッと消えていきます。そして、“花粉” の正体はペーストに乗っているビーポーレンでした。ビーポーレンは「Bee(みつばち)」と「Pollen(花粉)」を組み合わせて名付けられたもので、みつばちが採取した蜜を体内の酵素で固めたもの。カリカリとした食感が特徴です。
今回、参加者からの差し入れのいちごと久保田の酒粕を組み合わせて急遽もう1品。フレッシュないちごに昆布茶と松の実の新芽のオイルがかけられている魅惑な味わい。いちごと酒粕によって最後の最後まで久保田ペアリングを感じられるコースとなりました。
食材を発酵させて調味料として使い、驚きの組み合わせでありながら違和感のない、むしろ安定感のある料理の数々。
「日本酒と自分が作る料理のトーンが合っていて、意外とストンと落とし込めるような気がしました」と児玉さんが仰っていたように、様々な種類の酸が複雑に絡み合い、日本酒との相性も非常によく感じられました。デンマークで取得した発酵技術、フランス料理を感じさせる美しい盛り付けを駆使し、見事に調和したアート作品に仕上がっていながら、日本人が落ち着く味わいで心穏やかになる食事でした。今後の「ACiD brianza」の料理、児玉さんの活躍からも目が離せません。
profile
まゆみ
酒匠、料理研究家。 1日も欠かすことなく酒を呑み続ける驚胃の持ち主。酒と蕎麦と音楽を愛する。著書「うち飲みレシピ」「スバラ式弁当」。