日本の食材にバスクの風が吹く「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田」
世界の料理と久保田をペアリングするイベント「旅する日本酒ペアリング」の第8回目が開催されました。今回はバスク料理です。実際にバスクに行かなくても、そんな雰囲気を味わえる楽しいコースでした。またバスク料理が食べたくなる、そんなイベント内容をレポートします。
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日本酒「久保田」に合わせたコースを堪能できる企画「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」の3回目がスペインバルで開催されました。魚介類や米を使うスペイン料理は日本人にも馴染みがあるのではないでしょうか。しかし、スペイン料理に日本酒を合わせる機会は少ないもの。飯田橋から中野へ移転した人気バルのペアリングディナーをレポートします。
「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」。今回の開催場所はJR中野駅北口を出て、赤提灯が点在する街並みを抜け、裏路地のこじんまりとしたビルの3階にある「中野バル・どんぐり」。イベリコ豚をメインに扱うスペイン料理店で、爽やかな風が吹くテラス席もあるカジュアルで居心地の良いお店です。
乾杯酒として提供されたのは「久保田 千寿 秋あがり」。アタックが強くボリュームのある味わいですが、スペイン料理に期待を持たせるインパクトのあるスタートです。
ベジョータ、マンチェゴチーズ × 「久保田スパークリング」
まずは、生ハムとチーズで食前酒を楽しみます。
イベリコ豚から作られる生ハムは餌と飼育法、血統などからランクが分かれています。イベリコ豚の中でも最高ランクで全体の2%しか存在しない希少価値の高い豚で、原種100%であることが条件のレアル・ベジョータ。この特別なイベリコ豚生ハムはスペイン王室にも献上されるほどです。
どんぐりを意味するベジョータの名がついたイベリコ・デ・ベジョータ(Ibérico de Bellota)は、2ヶ月齢程度の豚をある一定期間、樫の林で放牧され自然産物のみを肥料とするといった条件を満たしていて、正真正銘認められれば、純血種なら黒、交配種なら赤の品質表示のタグがつけられます。
その次にランクされるのがイベリコ・デ・セボ・デ・カンポ(Ibérico de Cebo de Campo)。どんぐりなどの天然肥料の他に、穀物や豆ベースの合成肥料も与えられます。体重や水飲み場の位置も規定があり、この豚から作られた生ハムは緑色のタグが付けられ、タグの色によってどのイベリコ豚かわかるようになっているのです。
イベリコ豚=どんぐりを食べている、というイメージがありますが、実はイベリコ豚生産量の約9割がイベリコ・デ・セボ(Ibérico de Cebo)と呼ばれる合成肥料で育てられた豚です。しかし、イベリコ・デ・ベジョータやイベリコ・デ・セボ・デ・カンポに劣る訳ではなく、調理法によってイベリコ・デ・セボの方が良い場合が多くあり、あっさりしたコクと旨みには十分な魅力があります。
マンチェゴチーズは、スペインを代表するチーズ。ラ・マンチャ地方で作られる羊乳のチーズで表皮にジグザクの模様がついているのが特徴。基本的にチーズと日本酒の相性は抜群と言え、羊独特の癖が少なく蜂蜜のような甘さのあるマンチェゴは、「久保田 スパークリング」の麹っぽさをマスキングし、スパークンリングの甘さを際立たせる組み合わせ。ベジョータはとろける脂と濃厚な旨み、ナッツのような香りがあり、スパークリングが生ハムのアミノ酸を引き上げる役割をしています。
鯛のカルパッチョ × 「久保田 萬寿 自社酵母仕込」
シェフが “今回のために考えた料理” だと言っていたカルパッチョ。日本料理である昆布締めの方法を用いイベリコ・デ・セボで鯛を締めた1品です。鯛は締められたことによりねっとりとした食感となり、塩気と生ハムのアミノ酸が加わって旨みの相乗効果を得られています。むっちりした食感の生ハムに柑橘系のオイルが爽やかさと苦みを加えていて、これがペアリングとしては合わせにくい生野菜と日本酒のつなぎ役となっています。ドライトマトのしっかりした酸がキリリと引き締めているのもポイント。
りんごやパイナップルのような酸のある甘さとメロンにも似たねっとりとした香りの両方をもつ「久保田 萬寿 自社酵母仕込」は、なめらかでまろやかな口当たりでふくよかさがあり、後半は上品なミルキーの余韻があるお酒。料理全体を包み込み、萬寿 自社酵母仕込の万能さを再認識しました。
野菜のロースト、カラスミ × 「久保田 千寿 純米吟醸」
野菜のローストと3種類のスペイン産カラスミと合わせられたのは「久保田 千寿 純米吟醸」。丸ごと焼かれた淡路島産の玉ねぎは甘さが凝縮され、とろとろの食感。トマトは食感が残りつつアミノ酸が倍増されたかのような旨みが口の中で爆発します。そこに若干刺激のあるパプリカパウダーの香りが加わって、千寿 純米吟醸のアルコール感をマスキングし綺麗な酸が残るように感じられます。
カラスミは魚の卵巣を塩漬けし、塩抜きした後乾燥させた珍味で、ボラの卵巣は「本カラスミ」と呼ばれるほど高価のためサワラやサバで代用することもあります。スペインではカラスミをよく使用するようで、今回は3種類のカラスミが用意されました。ボラはねっとりした食感で香りも高く日本でも馴染みの味、マグロは鉄分を感じ塩気がしっかりとあるパンチのある味わい、タラは歯切れがよくあっさりして食べやすい印象です。
パンは香ばしく焼かれていて、モッツァレラチーズを合わせたことにより全体をまとめ上げていて、日本酒との相性も底上げしています。
ラム肉とイベリコ豚のソテー × 「久保田 碧寿」
柔らかいイベリコ豚とラム肉には「久保田 碧寿」の燗酒が提供されました。イベリコ豚はロースの部位で繊維質が細かいため、レアでこそ本領発揮となり、滑らかな食感とナッティな香りが食欲をそそります。ラム肉は低温調理されているため柔らかい肉質で独特の芳醇な香りも残りつつ仕上げにソテーされたことで香ばしさがプラス。
穀物感がしっかりとしたマッシュポテトはリセットの役割を果たし、酸のしっかりしたフライドトマトがアクセントです。添えられたサルサブラバスは辛口のパプリカパウダーやカイエンヌペッパー、玉ねぎなどを使った辛いソース。ほんの少しつけるだけで威力満載で、肉だけでなくマッシュポテトとの相性も抜群です。
そして温められた碧寿は複雑な酸が立ち、重くなりがちな肉の組み合わせを包み込んでいて、マッシュポテトと燗酒のテクスチャーがよく合っており、全体的に膨らみのある味わいに仕上げる組み合わせとなっていました。
パエリア × 「久保田 紅寿」
パエリアは取っ手のある浅い平底の鉄の鍋を差す言葉で、バレンシア地方の代表料理のひとつ。
パエリアといえば魚介のパエリアを一番に思い出しますが、これは観光客向けに作られたもので、漁師の賄い飯が最初だったようです。中野バル・どんぐりでは「パエリア鍋を使えばどれもパエリア」をモットーに数多くのレパートリーがあり、鶏白湯スープを使ったパエリアが名物だそう。
今回提供されたパエリアは海老の味わいが強く、魚介だけではない様々な出汁の香りがあり、おこげが香ばしい1品。「久保田 紅寿」は青リンゴのような爽やかでフルーティーな香りがあり、とろりとした舌触りと強めのアタック、後半は苦みとアルコールのボリュームで引き締まります。おこげのメイラード反応と紅寿のメイラードが同調し、アタックの強さをマスキングしてお酒のコクと甘みを引き出す役割をしています。
クレマカタナラ、チュロス × 「久保田 純米大吟醸」
デザートにはクレマカタナラ。クレマカタナラとはクリームブリュレに似たカタルーニャ地方のお菓子ですが、カスタードクリームのように鍋で加熱するため、濃厚で滑らかな舌触りが特徴。バーナーで焼かれたきび砂糖がパリッとした食感となり苦みが味を引き締めていて、チュロスのシナモンの苦みと香りにもよく合っています。
お酒は「久保田 純米大吟醸」。久保田シリーズの中でも華やかさと甘みが特長のお酒で、リンゴのような爽やかで甘酸っぱい香りがクレマカタナラの濃厚で強い甘さを和らげています。
食後酒には「久保田 ゆずリキュール」。すっきりしていて食前酒としての役割が大きいゆずリキュールも、濃厚な料理や塩気がしっかりした料理の後にはゆずの香りが口の中をリセットしてくれ、心地よい余韻だけが残りました。
日本酒とのペアリングは初めてだというシェフの並木さんは「今回のコースを組み立てることで自分の考えも広がった」と振り返りました。普段、お店で扱っている食材やレシピがどれだけ久保田に合うかどうか挑戦したと仰いますが、スペイン料理は抵抗が少なく日本酒と同調する部分が大きいのではないかと感じます。スペインではトマトをよく使用するためコースにも至るところにトマトが散りばめられていました。トマトのアミノ酸と酸が料理を引き締め、日本酒との可能性を引き出してくれたといえるでしょう。皆さんも、スペイン料理と日本酒を楽しんでみてはいかがでしょうか。
次回の「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」は中華料理です。トゥーランドットの本格中華とどれほど相性が良いのか、楽しみですね。
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まゆみ 酒匠、料理研究家。 1日も欠かすことなく酒を呑み続ける驚胃の持ち主。酒と蕎麦と音楽を愛する。著書「うち飲みレシピ」「スバラ式弁当」。