「美味しい」をつくる10の手――6人目 整える手 山田 浩臣
「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。第6回目は、濾過・火入れを担う山田浩臣さんです。
知る
杜氏(とうじ)とは、酒造りの最高責任者のことを言います。本記事では杜氏の仕事内容や杜氏に必要なスキル、資格の他、朝日酒造で働く杜氏達のエピソードについて紹介します。杜氏に関する知識や朝日酒造の杜氏の考えを知り、さらに日本酒を楽しみましょう。
目次
まずは杜氏という存在について解説します。また、杜氏と呼ばれている理由、由来や歴史も紹介します。
杜氏は酒造の最高責任者です。杜氏の下で働く、蔵人(くらびと)達の監督を行います。酒造りの工程はとてもデリケートです。そのため、杜氏には高い醸造技術力や判断力、管理能力が求められます。優れた技術があることを証明できる「酒造技能士」という国家資格があり、ほとんどの杜氏がこの資格を取得しています。
古来、酒造りは女性が行っていました。当初は酒造りをする女性を刀自(とうじ)と呼んでいて、酒造りが男性中心になった時、刀自から杜氏へ変わったと言われています。現代のような杜氏制度が始まったのは、江戸時代の初期です。つまり、杜氏は約300年の歴史を誇る伝統的な制度です。
酒造りの作業は、基本的には蔵人が行いますが、対して杜氏は、すべての酒造りの工程に目配りして管理しています。
蔵元や商品戦略に基づいた酒質を再現する醸造方法の決定や醸造計画の立案から、お米の浸漬時間の見極めやもろみの発酵状態のチェックなど酒造りの工程の要所要所も、杜氏が責任を持って確認します。
また、蔵には多いと十数人の蔵人がいますので、個々の適正を見極めた人員配置や、チームワークを発揮してもらうためのマネジメントなども、杜氏の大事な役割です。
日本酒を造る人のことを蔵人と言い、蔵人は酒造りの工程の担当や責任者によって名称が異なります。ここでは、工程ごとの蔵人の名称について解説しましょう。
蔵人は酒造りの作業によって、責任者や担当者が分かれています。
酒米を蒸す担当者のことを「釜屋」、麹造りの担当者のことを「麹屋」と言います。酵母造りの担当者は「酛屋(もとや)」と呼ばれており、もろみを搾る工程の担当者の呼称は「船頭(せんどう)」です。
ここでは杜氏に必要なスキルや、国家資格である「酒蔵技能士」について解説をします。将来優秀な杜氏となるために、必要なものは何かを知り、得るための準備を始めましょう。
杜氏には優れた技術が求められます。酒造りには手間のかかる工程が多いため、デリケートなコントロール力が必要です。酒造りでの機器トラブルへの対応力もなくてはいけません。事務仕事もあるため、パソコンスキルがあると重宝されます。冬場の酒蔵での長期に及ぶ作業のため、人間関係を円滑に保つコミュニケーション力も大事です。
「酒造技能士」は、日本酒の製造に関する知識とスキルを問う国家資格のことです。学科試験と、白米の精米判定や利き酒判定などの実技試験、両方を合格すると取得できます。
お酒に関する資格のため、20歳以上であり、実務経験が2年以上である者が受験対象です。1級の場合は、実務経験7年以上、または2級合格後2年以上といった条件をクリアしている必要があります。1級まで取得した杜氏は、特に多くの酒蔵から歓迎されるでしょう。
朝日酒造には「朝日蔵」と「松籟蔵」の2つの酒蔵があります。ここでは朝日蔵の杜氏・山賀基良さん、松籟蔵の杜氏・大橋良策さんが語る、酒造りのこだわりや苦労を紹介しましょう。
朝日蔵の杜氏・山賀基良さんは1985年に朝日酒造の季節雇用蔵人として入社し、1991年に正社員として採用されました。2012年から朝日蔵の杜氏を務めています。
「久保田の酒づくりは、子育てみたいなものです。」
「『久保田だから、あるいは鑑評会に出品用の吟醸酒だから気合いを入れて造ろう』ということは言いますが、杜氏からすると、お酒はみな同じ子どもです。親がそうするように、どの子どももできるだけ理想に近づけていこうと思います。区別はないのです。
では、その理想はどのように求めてゆくべきか。久保田には淡麗辛口の『きれいなお酒』という理想があります。しかし、巷の家庭の食卓を見渡してみると、食中酒として缶チューハイなどの甘いお酒が愉しまれていることも目にします。杜氏としては、このような現代の食とお酒の関係性も見つつ、理想の味を模索したいと思うものです。
久保田の理想を守るべきか、世の中の理想を久保田で実現するべきか、迷うことは多くあります。このときにアドバイスをくれるのは、久保田のかつての親、つまり先代の杜氏です。もう引退していますが、近くに住んでいるものですから、折に触れて『あの味で良いのか?』と、おっかない時もありますが(笑)、気付きを与えてくれます。久保田は限りなく高い理想を実現するお酒。その味は今の杜氏、そして先代の杜氏を含めた、久保田の親がみんなで子育てをすることで生まれているんだな、と気付かされる瞬間ですね」
松籟蔵の杜氏・大橋良策さんは1989年、朝日酒造に入社し、2016年夏より松籟蔵の杜氏になりました。大橋杜氏の苦労エピソードを紹介します。
「数字だけでは酒はつくれない。美味しさは、いつも探さないといけない。」
「かつて『雲を喰むような味を造れ』と言われたことがあります。困りました(笑)。そうした抽象的な指示を翻訳し、会社に求められ、売れる酒をつくることが、杜氏ほか製造部の使命でした。それに比べれば、設備の整った現在は、個人の技術が酒の品質に及ぼす影響は少なくなったのかもしれません。細かな数値でコントロールし評価できるようになり、酒造りは幾分、安定的なものになりました。
しかし、どうしようもなく人の力でしか判断ができない世界があることを私は経験から知っています。進歩した技術が教えてくれたことは、数字だけでは酒は造れないということだったのかもしれません。呑んだ後の、味のふくらみがゆっくりと残る余韻。今も結局、頭の中にある、美味しい酒の夢を、手探りで追いかけていることには変わりはないのです」
今回紹介した杜氏は皆、酒造りでの苦労がありつつも、こだわりを持って酒造りに取り組んでいます。杜氏と話すことで、いつも飲んでいるお酒をより深く知ることもできます。彼らの酒造りへの姿勢を知り、杜氏や蔵人たちが造ったお酒をより一層楽しんでみてはいかがでしょうか。