当たり年も外れ年もない! 毎年同じ味の日本酒を造れる理由とは
ワインの味わいは原料であるぶどうの品質に影響を受けるため、年によって変わるのが一般的。それに対し日本酒は、毎年同じ味をしているものもあるようです。日本酒も米を原料としており、年によって米の品質は異なるはずなのに、どうしてそのようなことが可能なのでしょうか。実際に酒蔵に聞いてみました。
特集
「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。第6回目は、濾過・火入れを担う山田浩臣さんです。
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米・水・米麹、たった3つの材料から造られる日本酒ですが、完成するまでには様々な工程を経ており、多くの蔵人の手が加わっています。前回ご紹介した上槽工程にて搾られた原酒は、生酒などの一部の日本酒を除いて濾過・火入れをした後、貯蔵されます。この工程が朝日酒造の松籟蔵の中での最終工程となります。
今回登場するのは、朝日酒造で濾過・火入れを担当する山田 浩臣さん。上槽担当の廣川さんによれば、「普段は物静かな人ですが、仕事になると積極的で、てきぱきと段取りを組んでいく人です」とのこと。そんな山田さんに「美味しい」のつくり手として大切にしていることを聞きました。
――本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、簡単な自己紹介をお願いします。朝日酒造の酒の中で一番好きなものも教えてください。
山田 浩臣さん(以下、山田):出身は、朝日酒造の所在地である長岡市の隣、小千谷市です。学生時代に運動部だったため、デスクワークよりも現場仕事をしたいという気持ちがありました。そういった仕事の中でも、親が普段から朝日酒造の酒を飲んでいたことから興味を持ち、入社したいと考えるようになりました。
そうして縁あって入社してから、今年で20年目になります。入社してはじめの2年間はタンク洗いや仕込み作業をし、その後、原料処理を8年間経験しました。それから3年間かけて全工程を一通りローテーションで経験し、現在の担当である濾過・火入れの担当になって7年目になります。
朝日酒造の酒の中で好きなのは、私は酒が弱いので、「香里音」とか「越州 桜日和」といったアルコール度数の低いものです。飲みやすいので、よく口にしています。
――それでは、現在の担当である仕事のうち、まずは濾過について簡単に教えてください。
山田:濾過とは、搾られた酒の色や香り、味を整える作業になります。もう少し具体的に言うと、上槽した原酒は非常に微細な米粒や酵素、微生物も混在している状態です。そこに少量の活性炭というものを投入し、雑味と呼ばれるようなものを取り除いていきます。活性炭は顕微鏡で見るとでこぼこしていて、そこにいらないものが入り込んでいくんです。活性炭を投入したら、今度はその状態で原酒を濾過機に通し、雑味などを吸着した状態の活性炭を除去します。そうすると酒が綺麗になっていくという仕組みです。
――続いて、火入れについて教えてください。
山田:火入れは、簡単に言うと酒を加熱して殺菌する作業ですね。酒中に含まれる麹由来の酵素の働きを止め、酒質を固定する目的で行います。プレートヒーターという熱交換装置を使って加熱・殺菌します。加熱を終えたら急冷装置を使い、一気に酒を冷やします。
そうして火入れした酒はポンプを使い、配管を通して貯蔵棟の貯酒タンクへ送ります。銘柄の特長を踏まえた貯蔵温度で一定期間貯蔵し、飲み頃の味わいまで熟成させます。搾りたての若々しい香味が落ち着き、まるみのある穏やかな味わいに仕上がります。
――そういったお仕事をされる中で、特に神経を使う点はどこでしょうか?
山田:酒はこぼしても拾えない、とずっと言われてきました。なので、原酒を濾過機に通す時、プレートヒーターへ移送する時、貯蔵棟に移送する時、といった、酒を移送する場面では、使うポンプやホースの配管に気を使い、何回も確認するよう心掛けています。
また、酒を貯蔵棟のタンクに入れる際は、最後にホースの中に残った酒を水で押していく作業がありますが、ここでタンクの中に水が入ってしまわないよう、気をつけて作業を進めています。もし酒に水が混ざってしまったら、酒のアルコール度数が変わってしまいます。そうなると元には戻せない。酒の成分を維持する、崩さないように細心の注意を払って作業しています。
――濾過・火入れに携わるようになり、自分の手に何か見える変化はありましたか?
山田:水を使う仕事なので、手荒れはし放題ですね。仕事が終わったらハンドクリームを塗ってはいるんですけど、水仕事を繰り返しているので、特に今みたいに乾燥した時期はやはり手が荒れてしまいます。
あとは手ではありませんが、味を確かめるため唎き酒をするので、担当になった当初より味の違いが分かるようになったかな、と思います。
また、目に見える部分の変化ではありませんが、蔵の中での最後の工程を担当するようになって、長い時間をかけてみんなで造ってきたものを台無しにできないな、という、他の人の思いを考えるような気持ちは年々大きくなってきたと思います。
――濾過・火入れの仕事で、これができたら一人前という仕事はありますか?
山田:やはり唎き酒でしょうか。唎き酒は濾過の前と後だけでなく、濾過中も、酒が変わってきていることを確認するために行います。それが分かってくると、この工程では一人前と言えるのかもしれません。
――その他に、濾過・火入れの担当者に求められるものはありますか?
山田:酒をこぼす怖さといつも隣合わせの工程なので、その怖さと渡り合うための度胸や緊張感だと思います。経験すると段々慣れてはいきますが、経験しても怖いものは怖いというか、その怖さが完全になくなることはないですね。
――朝日酒造には酒蔵を見学できるツアーがありますね。現在はコロナ禍でお休み中ですが、再開される日に向け、ここが見どころです! という点を教えてもらえますか?
山田:コロナ禍前は、お客様が見学だけでなく唎き酒もできるように、濾過前の酒と濾過後の酒を用意していました。それを楽しみに来ている方もいらっしゃったようで、濾過前と後の味わいの違いが分かる方もいらっしゃいましたよ。蔵見学を再開できたらまたやりたいですね。
――山田さんが思う朝日酒造の良さはどんなところですか?
山田:みんな仲がいいところですね。私は会社の野球部に所属していますが、そういった社内の部活動も多く、部署が違っても仲がいいなと感じます。
――仲のいいところが好きという声は取材でよく聞きます。朝日酒造の酒の味わいや香りは「穏やか」という言葉で形容されることが多いですが、穏やかな関係性の中で醸されているからこそそういう酒になるのかもしれませんね。最後に、そんな朝日酒造のファンである方々に、聞いてみたいことはありますか?
山田:美味しいって人によって違うと思うので、朝日酒造のお酒を好きで飲んでくださっている人たちはもちろん、朝日酒造のファンじゃない人の声も、ちょっと怖さはありますが聞いてみたいです。色んな人の考える「美味しい」を聞いてみたいですね。
――本日はどうもありがとうございました。
山田:ありがとうございました。
酒造りは米・水・米麹という原料を加えながら造っていく足し算でのものづくりというイメージを持っていましたが、濾過という引き算をする工程もあるのだというのが一番印象に残りました。「完璧がついに達成されるのは、何も加えるものがなくなった時ではなく、何も削るものがなくなった時である」というサン=テグジュペリの言葉を思い出す取材でした。
日本酒の「美味しい」を生み出すつくり手10人に話を聞き、「美味しい」へ懸ける想いを語ってもらう連載、「美味しい」をつくる10の手。次回は、調合精製を担う藤澤 なつみさんが語り手です。
山田さんによれば「会社の野球部のマネージャーで、元気がよくて明るい。誰とでも仲良くなれる人です」とのこと。
そんな藤澤さんは、「美味しい」へ懸ける想いを、どんな風に語ってくれるのでしょうか。
次回は3月上旬に掲載の予定です。どうぞお楽しみに。