登場人物になった気分で一杯。 つい日本酒が飲みたくなる落語3選
2022.05.30

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登場人物になった気分で一杯。 つい日本酒が飲みたくなる落語3選

毎年6月第一月曜日は「寄席の日」。寄席などの演芸場で見ることのできる落語には、日本酒好きな登場人物が頻繁に出てきます。せっかくの寄席の日は、日本酒の出てくる落語を、日本酒を飲みつつ聴いてみませんか? 本記事では、つい日本酒が飲みたくなる落語をご紹介します。

目次

  1. 今年の寄席の日は6月6日
  2. 「夢の酒」
  3. 「親子酒」
  4. 「もう半分」
  5. 今夜は登場人物の一人になった気分で

今年の寄席の日は6月6日

寄席

毎年6月第一月曜日は「寄席の日」で、今年は6月6日です。そんな寄席などの演芸場で演じられる落語は、伝統的な話芸。落語家の語りと身振り手振りで構成され、最後には思わず唸ってしまうような巧みな落(おち)がつきます。

落語には、お酒を愛する市井の人々がしばしば登場します。今でこそ「お酒」と聞いて思い浮かべるものは人それぞれですが、落語の世界で飲まれるお酒のほとんどは日本酒です。
せっかくの寄席の日は、日本酒の出てくる落語を、日本酒片手に聴いてみるのはいかがでしょうか?
本記事では、つい日本酒が飲みたくなる落語として「夢の酒」、「親子酒」、「もう半分」の三つをご紹介します。それぞれの落までご紹介しますので、これからこの落語を見る予定の方はお気をつけください。

ちなみに、毎年6月第一月曜日が寄席の日と制定されているのは、1798年6月に、初代・三笑亭可楽という落語家により、江戸で興行が行われたことに由来しているそうです。

「夢の酒」

日本酒を注ぐ女性の手

まずは今の季節にぴったりの落語からご紹介します。

梅雨の昼間、女房が居眠り中の若旦那を揺り起こします。どんな夢を見ていたのかと尋ねると、夢の中で向島へ行ったところ雨に降られ、雨宿りをさせてもらった家の美しい婦人に勧められて日本酒を飲んだ、と若旦那は答えます。夢の中で酔った若旦那が、敷いてもらった布団で横になっていると、そこに婦人が入り込んできた、というのです。

激怒した女房は仲裁に入った大旦那に、若旦那が見た夢の中に入って、その婦人に小言の一つでも言ってきてくれ、と頼みます。
やれやれと思いながらも、若旦那が見た夢の中に入り、婦人と会うことに成功した大旦那。婦人は燗酒ができるまでのつなぎにと、冷やの日本酒を勧めてくれます。三度の食事より日本酒が好きな無類の酒飲みである大旦那ですが、過去に冷やで失敗した経験があり、苦渋の選択で断ります。そこで女房に起こされ「惜しいことをした」と残念がります。もしかして小言を言わんとするその時に起こしてしまったのでは、と女房が問うと、大旦那は「いいや、冷やでもよかった」と悔やむのです。

様々な温度で楽しめるというのは、日本酒の魅力の一つ。大旦那のように決まった温度でしか飲まないと決めているこだわり屋な日本酒好きもいるかもしれません。
冷やを飲みながらお燗の日本酒を用意すれば、まるで自分の目の前に「夢の酒」が現れたかのような気分が味わえます。

「親子酒」

日本酒を注ぐ手

ある商家に、揃って日本酒好きの大旦那と若旦那の親子がいました。
若旦那が出かけていたある晩、大旦那は女房に日本酒を出してくれと頼み込むものの、息子と二人で禁酒の約束を交わしたでしょう、と咎められます。女房に拝み倒してなんとか日本酒を出してもらった大旦那は、久々に飲むため手が止まらず、ついにはへべれけになってしまいます。そこに若旦那が帰ってきますが、禁酒の約束を交わしたはずの若旦那も、同様にすっかり酔っていました。大旦那が「なぜ酔っているのだ」と問うと、出入り先の旦那の相手をさせられたと言います。
そんな若旦那に、大旦那は説教をします。しかし、酔いのせいで若旦那の顔が何重にも見えてきます。「こんな化け物に身代は渡せない」と言うと、息子が「俺だってこんなぐるぐる回る家はいらない」と返すのでした。

見逃せないのは、骨の髄まで日本酒好きな大旦那が、女房を宥めすかし丸め込みながら、禁酒の約束を破って久しぶりに日本酒を飲むシーン。思わずこちらの五臓六腑にも日本酒がしみわたるようで、ありがたみが倍増です。大旦那と若旦那の日本酒好きな親子という設定に合わせ、世代を越えて愛されている銘柄を用意して聴きたい落語です。

「もう半分」

日本酒を飲む老人

最後に、段々と気温が上がってきた今の時期に聞きたい怪談噺をご紹介します。

ある夫婦が営む小さな居酒屋に毎晩やってくる老人は、1合の酒を頼まず「半分だけお願いします」と日本酒を注文します。それを飲み終わると「もう半分」、「もう半分」と追加注文していくのがお決まりです。「その方が量を多く飲んだ気がするから」という理由だそう。

ある晩、老人が置いて帰ってしまった包みを店主が開くと、そこには大金が。「この金があれば夢だった大きな店が持てる」とねこばばをたくらんだ夫婦は、慌てて取りに戻ってきた老人に対し、そんな包みは知らないと嘘をついて追い返します。老人は、娘が吉原へ身売りして作ってくれた金であると明かし、嘆きながら店を出て行くと、娘への申し訳なさから川へ身を投げてしまいます。

老人の金を元手に大きな店を持ち幸せに暮らす夫婦は、子宝にも恵まれます。しかし、生まれてきたのは白髪で歯が生え、かつて身を投げたあの老人そっくりの顔をした赤ん坊でした。女房はショックで亡くなってしまいます。店主は乳母を雇いますが、誰もが1日で辞めていきます。店主が乳母にわけを聞くと、「自分の目で確かめてほしい」と。

その晩、店主は寝ている赤ん坊の様子を窺います。丑三つ時、寝ていた赤ん坊が起き上がり、行灯の下に置いてある油差しから茶碗に注いだ油を美味しそうに飲み出します。店主が声をかけると、赤ん坊は「もう半分」と茶碗を差し出すのでした。

老人の思いきりの悪い頼み方も、日本酒好きが高じてのこと。「もう半分」と言いながら飲む姿に、目の前でこんなに美味しそうに飲まれちゃあしょうがねえ、と噺の中の居酒屋で「居合わせた何某」を気取って一杯やりたくなってしまいます。そう思わせられるのも、落語家の光る技巧あってこそ。それなら蔵人の技巧を存分に味わえる日本酒を片手に聴くのがいいかもしれません。

今夜は登場人物の一人になった気分で

右手で持った酒器へ、猫背になって迎えに行く一口目。味わっている最中、力のこもる眉。余韻に浸りながら、「思わず」といった調子でこぼれるうっとりとしたため息と、同じリズムでぐっと下がる喉仏、緊張のほどける顔。最後に、わずかに残った日本酒を、一滴も残さず飲み切ろうと、酒器をあおって大きく後ろに反る体…。

落語家が描く日本酒を飲む場面には、登場人物たちが目の前で本当に飲んでいるかのような臨場感が漂います。登場人物たちと一緒になって日本酒を飲み、登場人物の一人になった気分で事の結末まで付き合う。そんな風にして味わう日本酒は、いつもとは趣の違った味わいをしているかもしれません。