「美味しい」をつくる10の手――2人目 蒸す手 小林 利幸
「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。第2回目は、蒸米を担う小林さんです。
特集
「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。第3回目は、製麹を担う風間さんです。
目次
米・水・米麹、たった3つの材料から造られる日本酒ですが、完成するまでには様々な工程を経て、多くの蔵人の手が加わっています。酒造りの重要な工程を表した、「一麹、二酛(もと)、三造り」という言葉がありますが、一に「麹造り」、二に「酛造り」、三に「もろみの仕込み」が重要であるとの意味。麹造りがどれほど重要なのかが見て取れますね。
そんな大事な工程である製麴を担っている風間洋章さん。蒸米担当の小林さんによれば、「一見無口に見えるけど実は愛嬌があって、職場を和ませてくれる。かと思えば確信を突いてくる一言を放つ時もある。『できる男』です」とのこと。そんな風間さんに「美味しい」のつくり手として大切にしていることを聞きました。
――本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、簡単な自己紹介をお願いいたします。
風間 洋章さん(以下、風間):現在、麹造りを担当していて、今年で入社17年目になります。入社して最初の2年間は朝日蔵でタンク洗いや仕込みを担当しました。その後4年間ほど原料処理を担当し、今も所属している松籟蔵へ異動に。3年間かけて酒造りの一通りの工程を経験後、麹造りの担当になり今年で8年目です。
――朝日酒造に入社しようと思ったのはなぜでしょうか?
風間:実は、朝日酒造から車で3分ほどのところの出身なんです。町でお祭りや町内の集会があると、大人たちは自分の親も含め、丸いラベルのついた「朝日山 百寿盃」を飲みながら楽しそうにしていました。「あれは一体どんな味がするのかなあ」と子ども心に芽生えた興味というのが、朝日酒造に入社したいと思ったきっかけです。
――それでは、現在担当されている麴造りの仕事を簡単に教えていただけますか?
風間:原料処理の担当者が蒸した米に、麹菌と呼ばれるカビの一種を付着させ、2日間かけて温度や水分を管理しながら、麹菌を繁殖させていきます。そして、できた麹を次の工程に引き渡す。以上が麹造りの担当者の仕事です。
――その中で、一番大変な仕事は何でしょうか?
風間:1日目の品温管理には特に気を使います。1日目の仕事を具体的に言うと、まずは原料処理の担当者から受け取った蒸米を麹室(こうじむろ)と呼ばれる麹を育てる部屋に搬入し、麹菌を付着させます。この作業をそれぞれ「引き込み」、「種付け」と呼んでいます。種付けをした蒸米は、麹室にある製麹機という回転する大きな円盤状の機械に堆積させます。そして、蒸米全体に麹菌が満遍なく付着するように、手入れ機という機械を使って米を攪拌しながら、温度を均一にしていく。この作業を「床もみ」と言います。床もみ終了後は、麹菌と混ぜ合わさった蒸米を布で覆い、翌日まで寝かせ、麹菌を繁殖させていきます。麹造りのスタート地点となるこの時の品温管理が、その後の麹の出来具合を左右するため、神経を使いますね。目標の温度は気温や季節によって多少変えていますが、大体30℃前後です。
――ちなみに、本日は何の銘柄の麹を造っているんですか?
風間:今日は「元旦しぼり」です。
――年に一度、新年早々に社員総出で出荷する、朝日酒造のお年始の定番酒ですね。風間さんが入社してから17回目の元旦しぼりの季節がやってこようとしていますが、今日まで朝日酒造で酒造りを続けてこられた原動力とはなんでしょうか?
風間:17年続けている私でも蔵の中では若い方で、周りには知識や経験が豊富な先輩が大勢います。先輩たちみたいになれたらと思い頑張ってきたから、今日まで続けてこられたんだと思います。特に憧れているのは、同じ麹造りチームの主任である穂刈さんです。何でも知っていてリーダーシップもありますし、言葉だけでなく行動で示すところにも憧れています。
――なるほど。風間さんは現在、穂刈さんに次ぐ麹造りチームの副主任ですが、ご自身は言葉と行動、どちらで示すことが多いですか?
風間:何もかも言う方ではないかもしれません。というのも、周りが言葉で説明するより、本人が自分で経験して腹落ちしてこそ、身についたと言えるのかなと思っていて。
例えば、引き込んできた蒸米の温度が少し高い、という状態だったとします。その時、「この温度なら何回手入れをしたら適温になるな」という感覚は、もちろん私も最低限のことは伝えますが、やはり本人が経験することで育っていくものだと思います。
麴を造る時には機械の力を借りますが、動かすのは私たち人間です。経験を重ねて自分の感覚を育てていくことで、どう操作するか決断できるようになっていくと思います。
――麹を育てながら、己の感覚を育てていくんですね。
風間:そうですね。今言った機械の操作の感覚もそうですが、手や目にも同じことが言えると思います。米の水分量は毎日機械で計っていますが、それと併せ、硬いとか柔らかいとかいった手で触った時の感触も確かめています。機械で出た数字と手で触れた時の感触の両方を基に、その後の進め方を決めていきます。米を触った時の感触は、私も麹の担当者になってすぐは分かりませんでしたが、自分で触ってみて経験を重ね、段々と分かるようになりました。
蒸米に種付けした麴菌胞子が発芽繁殖して菌糸が白く見える状態を破精(はぜ)と言いますが、その菌糸の広がりの程度を指す破精回りはもっと大変です。水分量と違って、破精回りの程度を数字で計れる機械はないので、目で見て判断していくしかありません。どのくらい白い時にどうしたらいか分かるよう、経験を重ねていく必要があります。
――麹造りに携わるようになり、特に毎日麹に触れている手などにおいて目に見える変化はありましたか?
風間:麹を触ると手が綺麗になると聞いたことがありますが、自分で実感はありませんね。手で触っての確認は必ず行いますが、お客様に安心して飲んでもらえるよう衛生面にも気を使っていて、触るのは必要最低限にしているためかもしれません。
――それでは、麹造りに限らず、酒造りに携わってきた17年間を通して自分に変化はありましたか?
風間:酒造りは一人では絶対にできないので、チームワークは欠かせません。雰囲気のいいチームなるようコミュニケーションをまめにとろうというのは、入社してから段々と意識するようになりました。
先程、何もかも言う方ではないとは言いましたが、休憩中は色々な話をしていますよ。このインタビューに上手に受け答えができるか心配だ、という話をしたら、チームのみんなが「大丈夫だよ、できるできる」と励ましてくれました(笑)。
年を重ねていくと、つい決まった人間関係の中で生きてしまいますし、私の場合、おじさんになるにつれて気持ちが内側に向かいがちで(笑)。チームワークの必要な仕事でなければ、自分の殻に閉じこもっていたかもしれない。酒造りが一人でできる仕事でなくて良かったな、なんて思います。
――風間さんが朝日酒造のお酒で一番好きなものを教えてもらえますか?
風間:「久保田 千寿」です。一番たくさん造っているので、関わっている時間が多い分情が湧くというか、思い入れがあります。
――久保田の原点となるお酒ですね。最後に、朝日酒造のファンの皆さんに、つくり手である風間さんから聞いてみたいことはありますか?
風間:ファンの人には必ず、初めて朝日酒造の商品を手に取った瞬間があったはず。なぜ手に取ったのかきっかけを聞いてみたいです。そこに、まだ朝日酒造のお酒を飲んだことのない人と出会うヒントがあると思います。
――本日はどうもありがとうございました。
風間:ありがとうございました。
麹を育てるには、経験を積んで自分の手や目の感覚を育てていく必要がある。自分で経験したことは、周りからの言葉や文字を上回って身についていく。そんな風間さんの話を聞きながら、自分はこれまでの経験を、自分を育てることにきちんと使えているだろうか、と感じました。この年の瀬はお酒を飲みながら考えてみたいと思います。
日本酒の「美味しい」を生み出すつくり手10人に話を聞き、「美味しい」へ懸ける想いを語ってもらう連載、「美味しい」をつくる10の手。次回は、仕込みを担う狩野さんが語り手です。
風間さんによれば「多くを語らず黙々と酒造りに向き合う人です」とのこと。
そんな狩野さんは、「美味しい」へ懸ける想いを、どんな風に語ってくれるのでしょうか。
次回は12月末に掲載の予定です。どうぞお楽しみに。