「美味しい」をつくる10の手――3人目 育てる手 風間 洋章
「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。第3回目は、製麹を担う風間さんです。
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「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。第2回目は、蒸米を担う小林さんです。
目次
米・水・米麹、たった3つの材料から造られる日本酒ですが、完成するまでには様々な工程を経て、多くの蔵人の手が加わっています。連載第1回で紹介した「精米」を終えると、白米を「洗米・浸漬(お米を洗い、吸水させる工程)」し、熱い蒸気で蒸し上げる「蒸米(じょうまい)」の工程へ。ここで蒸された米は日本酒の主原料として様々な工程で使用されるため、蒸米は日本酒の骨格づくりにあたる工程と言えます。
そんな大切な工程を担っている小林利幸さん。精米担当の広川さんによれば、「空気を和ませるユーモアの持ち主で、現場をすごく明るくしてくれる人」とのこと。そんな小林さんに「美味しい」のつくり手として大切にしていることを聞きました。
――本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、簡単な自己紹介と、朝日酒造で酒造りに携わり始めたきっかけを教えてください。
小林 利幸さん(以下、小林):朝日酒造に入社して、今年で23年目になります。入社後10年ほど朝日蔵、松籟蔵で酒造りを担当した後、精米を5年経験しました。それから現在の仕事である、蒸米をはじめとした原料の処理を担当し、今年で7年目になります。
朝日酒造で酒造りに携わり始めたきっかけは、朝日酒造のある旧越路町の出身というのが大きいです。両親がお酒好きで、家には朝日酒造のお酒が常備されていました。高校生になり将来を考えた時、何かをつくる仕事がしたいと思い、地元の会社で、かつ小さい頃から馴染みのあった朝日酒造を選びました。
――今の仕事である、蒸米をはじめとした原料の処理について教えてください。
小林:簡単に言うと、まずは精米所で精米してもらった米を洗って糠を落とし、水に浸して吸水させるまでが、1日目の仕事です。翌日、吸水させた米を蒸米機で蒸し、放冷機という機械で冷却して、予定品温まで温度を下げます。そして蒸米を使う各工程に渡していく。以上が私の仕事です。量で言うと、1日に合計8~9トンぐらいの米を扱っています。
――仕事をする上で大切にしていることや心掛けていることはなんでしょうか?
小林:杜氏と次工程の担当者の要求にしっかり応えることですね。
お酒を造る時は、適度な弾力があって、揉みごたえがあって、でもべたべたしていない、そんな外硬内軟の蒸米が理想だと言われています。ですが、同じ五百万石の米でも、作付けの状況や天候によって、あるいは精米歩合によって、硬さや溶けやすさに違いがある。さらには、酒造りのどの工程で使うか、という用途も異なる。そうなると、外硬内軟を基本にしつつも、杜氏や各担当者たちの思い描く理想の蒸米は、少しずつ異なります。「溶けやすいように少し柔らかくしてくれ」とか、逆に「やや硬めにしてくれ」といった要求が出てくるんですね。その要求に合わせて調整していきます。
具体的には、浸漬の際、水に浸ける時間を分単位で管理し、吸水歩合を調整する。蒸かす際や冷やす際も、温度を1℃単位で管理する。そうすることで、杜氏や各担当者の要求通りに仕上げています。
――毎回少しずつ異なる要求に応えていくのが仕事なんですね。そうなると、今回のやり方が次回も通用するとは限らない、ということでしょうか?
小林:はい。そのため、データは全て残しています。そして、データを基に調整・管理した上で、蒸かした米を自分の手で触って確かめるのも大切です。
担当になってすぐは、どういう状態がいい蒸米か分からずに苦労しました。先輩に聞いたり、杜氏が蒸米を触りながら、「さばけていて(べたべたしていない)、手触りもいいね」と言っているのを聞いたりして、同じように自分でも触ってみました。そうして徐々に「こういう手触りだと、いい蒸米なんだ」と分かっていきました。
――先ほども蒸した米を触って確かめていましたね。あれは何℃ぐらいあるんですか?
小林:100℃以上の蒸気で蒸しているので、蒸米機から出てきた直後も、100℃近くありますね。
蒸米の状態は、蒸かしたての米を手でぎゅっと揉んで「ひねり餅」を作るという方法でも確かめます。蒸米がしっかり蒸されていると、お米の粒々が残っていない、つるっとした綺麗なお餅ができる。それで、蒸かしの良し悪しを判断しています。
温度の下がった蒸米では揉めないので、蒸かしたての蒸米で作る必要があるんですけど、蒸米の担当になったばかりの頃は、手の皮を火傷していました。今では蒸かしたての米も触れるようになりましたね。
――酒造りに携わっていく中で、自分に変化はありましたか?
小林:チームワークについて、よく考えるようになりました。お酒は一人じゃ絶対に造れない。楽しい時も苦しい時もチームに支えてもらったから、今日まで23年続けてこられたな、と思います。
そうやって酒造りを通して、一人でできることの限界が分かり、チームワークの大切さを実感するようになりました。それからは、自分の部署はもちろん、他の部署の人とも普段からよく話すようになりましたし、何でも相談しやすい環境をつくろうと心掛けています。
かつての上司に言われた「とりあえずやってみなよ」という言葉の捉え方が、少しずつ変わってきたというのも、変化の一つかもしれません。当時の私には、「とりあえずやってみる」というのは大きな一歩でした。
23年お酒を造り続けてきて、いつしか自分が「とりあえずやってみなよ」と言う立場になったわけですが、「やってみたその先も考えながら挑戦してみる」というのが大切なんだな、と今では思います。予定通りいけばそれに越したことはないけど、うまくいかなかった時にはどうするかという予防線も考えておく。その大切さに気づいたのも、一人では絶対に造れないものを造る、そういうチームの一員になったことによる変化かな、と思います。
――小林さんが朝日酒造のお酒で一番好きなものを教えてもらえますか?
小林:家では「朝日山 百寿盃」、外では「久保田 千寿」、ちょっと特別な時は、華やかな香りが幸せな気分にしてくれる「久保田 純米大吟醸」と、そんな風に飲み分けています。
中でも、主力商品として長い時間を費やしてきた千寿には、愛着があります。飲むと穏やかな香りで、食事を選ばない。外で飲むのにぴったりだと思います。
――最後に、朝日酒造のファンの皆さんに、つくり手である小林さんから伝えたいこと、聞いてみたいことはありますか?
小林:まず伝えたいことは、品質安全を心掛けているので、安心して飲んでいただきたいな、ということ。
聞いてみたいことは、20~30代前半の若い世代の人たちは、どんなお酒を飲みたいのかっていうことです。一口でいいから、日本酒を飲んでみてほしいんですよね。なので、ちょっと飲んでみる、そのきっかけとなるお酒を造れたらな、と思っていて、それがどんなお酒に当たるのか、知りたいです。
――本日はどうもありがとうございました。
小林:ありがとうございました。
日本酒の「美味しい」を語る時、ついつい香りや味わいといった切り口になりがちです 。ですが、小林さんが最後に語った「品質安全を心掛けているので、安心して飲んでいただきたい」という言葉に、「美味しい」の根幹となる部分はそこだと気づかされ、目が覚める思いでした。さすが、酒造りの骨格づくりを担っている人は、根本の部分を絶対に忘れずに大切にしているんだな、と、思わず唸ってしまった取材となりました。
日本酒の「美味しい」を生み出すつくり手10人に話を聞き、「美味しい」へ懸ける想いを語ってもらう連載、「美味しい」をつくる10の手。次回は、麹造りを担う風間さんが語り手です。
小林さんによれば「一見無口に見えるけど実は愛嬌があって、職場を和ませてくれる。かと思えば確信を突いてくる一言を放つ時もある。『できる男』です」とのこと。
そんな風間さんは、「美味しい」へ懸ける想いを、どんな風に語ってくれるのでしょうか。
次回は12月上旬に掲載の予定です。どうぞお楽しみに。