「美味しい」をつくる10の手――10人目 届ける手 西山 周治
「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。最終回は営業を担う西山 周治さんです。
特集
「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。つくり手たちはどんな想いで「美味しい」に向き合っているのかをインタビューしてきた本連載。特別編の今回は、朝日酒造の日本酒の愛飲者に話を聞きました。
目次
米・水・米麹、たった3つの材料から造られる日本酒ですが、完成するまでには様々な工程を経ており、多くの蔵人の手が加わっています。
米を「磨く手」である精米担当者から始まり、お客様に「届ける手」の営業担当者まで、「美味しい」を生み出すつくり手たちの話を聞いてきた本連載。前回で最終回を迎えましたが、「美味しい」のつくり手たちが手塩に掛けた日本酒も、美味しく飲んでくれる人がいて、やっと日本酒としての本懐を遂げると言えるでしょう。その点では「飲み手」こそ、「美味しい」のつくり手なのかもしれません。
それなら飲み手にも、「美味しい」のつくり手としてどんなことを大切にしているのか訊ねてみたい。そう考え、今回は朝日酒造の日本酒の愛飲者の一人である倉茂 孝大さんにお会いすることに。朝日酒造の日本酒を片手にお話しいただきました。
――はじめまして、本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、簡単な自己紹介をお願いいたします。
倉茂 孝大さん(以下、倉茂):新潟市で会社員をやっております。休日は子どもと過ごしたり家族で出かけたり、金継ぎ、和装、骨董と多趣味なので、やらなきゃいけないこと、やりたいことをしながら忙しくしています。
日本酒を嗜み始めたのは26歳の時でした。食べるのは元々好きだったのですが、友達家族が営んでる飲食店に行くようになってから、料理と一緒に日本酒を味わうというのを覚えたことがきっかけです。
この連載は全部読んで、毎回一つ一つ楽しみましたよ。
――ありがとうございます! 私も倉茂さんのSNSを拝見しています。毎日、美味しそうな手料理と日本酒が一緒に写った写真を投稿されていますね。普段は、朝日酒造の日本酒をどのくらい、どんな風に楽しんでいるのでしょうか?
倉茂:基本的に1日1合と自分にルールを課して楽しんでいます。朝日酒造の日本酒は、月に一升瓶1本は飲んでいます。この2ケ月ぐらいは「久保田 百寿」をよく飲んでいます。
――毎日日本酒を飲んでいる倉茂さんにとって、日本酒を飲むとはどういうことですか?
倉茂:要は1日の締めですよね。ご飯食べて飲まなきゃ終われない。日課です。
――どのタイミングで飲む日本酒を決めるんですか?
倉茂:料理をする前ですね。まずは作るものを決めてから、今ある日本酒だったらこれと合わせてみようかな、って。
でも、この料理に対してはこの日本酒だ、と思っても、実際にどれくらい合うかは未知数。僕の中では1日1合ってのいうのは真剣勝負で、失敗したくない。だから、3~4個ぐらいの酒器を出して味わいます。飲み比べていって、「ああ、これだなあ」という発見が小さな喜びです。
とは言っても、味わう時にいちいち丹念に嗅いで、ということはやってませんよ。力みながらやったら面白くないし疲れてしまう。テレビを見ながら、喋りながら、と楽しむなかで、「なんだ今の!?」という驚きと出会えるのが面白いです。
――朝日酒造の日本酒と出会ったきっかけはなんだったのでしょうか?
倉茂:ある酒屋さんの壁に「久保田」ののぼりが貼ってあって、ぱっと目についたんです。その酒屋さんの社長には可愛がっていただいているものですから、一度話し始めると盛り上がってしまう。「久保田」ののぼりを見ながら、「『久保田』っていうものはね、読んで字のごとく『久しく田んぼを保つ』…」と教えてもらいました。
その時教わったのは、朝日酒造の環境保全型農業を行いながらの酒造りについて。田んぼや水を綺麗に保ちながら酒造りをしていて、そこから派生してホタルの保護活動もしているということ。そこまでしている酒蔵って、探せば他にもあるのかもしれないですけど、僕自身が社長から聞いた話だと、朝日酒造が最初にやり始めたと。
その社長は久保田塾(※)出身者で、朝日酒造イズムを芯から分かっている人です。そんな社長の言葉から、日本酒一つ造るのに、携わっている人たちすべてを背負っている朝日酒造のすごさというものを感じました。そして、なるほどな、と思って「久保田」を手に取るようになったんです。
けれどもその当時は、今みたいに毎月一升瓶1本飲むまでにはならなかったですね。
――そんな倉茂さんが「久保田」を好きになったきっかけを教えていただけますか?
倉茂:2015年に発売された「久保田 三十周年記念酒 純米大吟醸」で印象が変わったんです。こんな日本酒が造れるのに、どうして今まで造らなかったんだ、という気持ちになった。それまでの「久保田」のラインアップにはない味わい、香りで、全然違って新しいという印象でした。
それまではどちらかっていうと、珍しい酒や派手な日本酒を好んでいて、どうしても「久保田」って面白くないって印象になってしまっていた。今でこそ、ちゃんとじっくり飲んで向き合っているつもりですけども、当時は味が薄いとか香りが低いとか、面白みがない、静かな、っていう印象が強かった。
そのあと、当時の「久保田 生原酒」、今で言う「久保田 千寿 吟醸生原酒」を飲んだ時に、ハマっちゃったんですよね。冬の時期限定の日本酒ですが「これは毎年買わなければだめだな」と。
そこから「久保田」シリーズっていうのを片っ端から飲んでみようと思ったのが、好きになったきっかけですね。
(※)過去に朝日酒造が「久保田」を販売する酒屋さんの後継者を対象に行っていた経営塾。「久保田」に込めた思いを学ぶとともに、自店経営のビジョンと計画を策定する場であり、全国から熱心な酒屋さんが参加した。
――倉茂さんが朝日酒造の日本酒で一番好きなのはどれでしょうか?
倉茂:「久保田 千寿 純米吟醸」かな。色々な料理に合うという意味で万能なんですよ。その万能さが面白い。こういう料理に対してはこういう表情をするのかっていうのを感じやすいから。
万能ではありますが、一番好きな飲み方としては、魚と合わせるのがいいですよね。海のものだったら「久保田 千寿 純米吟醸」が一番いいと思います。魚と合わさると日本酒単体では感じない甘味や綺麗な酸を感じ、魚の種類によってそのバランスが変化し魚の持ち味の上がり方も変わります。
――「久保田 千寿 純米吟醸」と魚の組み合わせでベストはなんでしょうか?
倉茂:(SNSを確認しながら)ああ、2月9日のこれじゃないでしょうか。 ぶりの刺身と、ちぢみほうれん草のバターソテーもありますね。「久保田 千寿 純米吟醸」は卵とも合いますしね。油とも合うんですよ。
――これから朝日酒造の日本酒を楽しみたいと考えている人に振る舞うとしたら、朝日酒造のどの銘柄をどんな風に出しますか?
倉茂:人と同じで第一印象がよくないとですから、口に含んだ時に分かりやすい酒である「久保田 純米大吟醸」でしょうか。そこで心を掴んだとしたら、その後は「久保田 百寿」から始めていくといいと思います。でもその2銘柄のギャップは激しいと思いますよ。
あとは、一升瓶で飲んでほしい。1,800mlあれば色々な飲み方、合わせ方を楽しめる。自分の中で制限を設けずに楽しめるのが一升瓶の醍醐味だと思うんですよ。
四合瓶だと、どうしても制限を設けてしまう。僕みたいに1日1合ってなると4回、4日間しか楽しめない。4日間でこの日本酒の真価をどれだけ分かるんだろうって僕は考えちゃいますね。
――朝日酒造の日本酒を飲む時に、飲み手として大事にしていること、飲み手としてプライドを持ってやっていることはありますか?
倉茂:再現性の低いものには手を出さないことです。僕のSNSを見た人が「こんなの作れないよ」と思ってしまうような料理の写真を載せる、ということは絶対にしないです。
僕自身は、ゲームでいう攻略本みたいな存在でいたいんです。この料理とこの日本酒の組み合わせがよかった! って僕がSNSで言えば、見てくれた人が「俺もこれ食べるから、この組み合わせをやってみよう」って参考にしてくれるかもしれない。
料理と日本酒を合わせるといっても、「料理と日本酒、どちらから口に含めばいいのか分からない」といったように、ハードルを高く感じている人が多い。だけど、僕のやっていることをSNSで見てくれれば、そんなに気にする必要はないんだなって思ってもらえると思う。
高い位置にあるハードルを、いかに低く見せるか、感じさせるか。
飲み手の生活にとけ込むようなやり方を、つくり手である朝日酒造にもどんどんやっていただきたいですね。
日本酒の「美味しい」を生み出すつくり手10人に話を聞き、「美味しい」へ懸ける想いを語ってもらう連載、「美味しい」をつくる10の手。飲み手の話を伺った特別編はいかがでしたでしょうか。
「久保田」に出会った時と、好きになった時に少しのタイムラグがあったという倉茂さん。話を聞きながら、時間が経ってから美味しさが分かった「久保田」が自分自身にもあったなあ、と思い出しました。
取材中はこのほかにも、「久保田」で普通酒が出たら面白いといった話や、つくり手である酒蔵から飲み手へ発信される商品説明のあり方、飲み手が日頃どんな風に酒を楽しんでいるかつくり手たちはもっと目を通すといいのでは、といった飲み手ならではのアドバイスをいただきました。
朝日酒造イズムと同じように、飲み手としての倉茂さんの“倉茂イズム”があるなら、それは、攻略本でありたい、日本酒へのハードルを下げていきたいというもの。
今日は、肩の力を抜いて朝日酒造の日本酒を飲んでみませんか。今まで見逃していた「美味しい」が、「なんだ今の!?」という驚きが、あなたに見つけてもらえるのを待っているかもしれません。
【取材協力店舗】和らぎ亭 しまや 駅南本店
住所:新潟県新潟市中央区南笹口1-567-22
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営業時間:昼の席 11:30~13:30 夜の席 17:30~24:00
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